第60話

1-27 御披露目サプライズ!
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2023/05/02 14:26
あれは、いつのことだったか。
確か、冬がまだ本番になる前だっただろうか。

その日は珍しく、ルノマの方から誘いがあった。
ルノマ・セフィリア
ねえ、ダリウス。
部活が終わったら、いつもの場所に来てよ
ダリウス・ルーボット
何だよ、急に改まって
ルノマ・セフィリア
いいから。来れるよね?
ダリウス・ルーボット
……まあ
断る理由もないと、俺はただ首を縦に振る。
満足そうにして、少年は笑う。
ルノマ・セフィリア
楽しみにしていて
そう言った無垢な顔が、やけに瞼の裏にこびりついていた。
ダリウス・ルーボット
はあ、寒ぃ
部活も終わり、すっかり暗くなった中。俺は指定された場所へと足を運ぶ。 すっかり馴染みの場所となった木々に囲まれた其処は、昼間こそ陽の光が差し込んでいるものの、夜になれば真っ暗闇だ。特に日の入りも早くなった今の時期には、どれだけ急いでも闇夜の足には及ばない。

手元を擦り合わせながら、どうにかこうにか進んでいく。 そうして辿り着いた先で、ルノマがマジカルペンを片手に立っているのが見えた。その周囲がやけにはっきりと見えるのは、習ったばかりの灯の呪文を使っているからだろう。
ルノマ・セフィリア
遅い
ダリウス・ルーボット
悪かったって
開口一番に文句を言われるのも、もう慣れたものだ。
適当に謝罪の言葉を述べながら、彼の隣に立つ。
ダリウス・ルーボット
で、どうしたんだ?
お前の方から誘うことなんてないのに
ルノマ・セフィリア
うん、ちょっとね
そう言ったルノマは数歩、位置を移して俺の前に立つ。
その顔には、何処か緊張の色が滲んでいた。
ダリウス・ルーボット
何だよ?
ルノマ・セフィリア
いいから、見ていて
訝し気に眉を顰めると、ルノマはそう告げて目を閉じる。 

すうっと息を吸い込む音。
それから、ゆっくりと吐き出される吐息の音。

その息遣いに合わせて、彼の身体からだろうか。
粒のような光が現れると、周囲を漂い始める。

ふわり、ふわりと浮かぶそれらはやがてルノマの周囲を漂うと、まるで踊るように彼の手元に集まって何かを形作っていく。驚いてその様子を眺める俺を他所に、ルノマがゆっくりと紡ぐように口ずさむ。
ルノマ・セフィリア
新たな物語を紡ごう 恐れる必要はない
ルノマの言葉に導かれるように、手元の光が輝きを増していく。その手の中にあるのは、どうやら一冊の本のようだった。まるで辞典のようなそれは、ぱらぱらと何かを探すように右から左へと音を立てて己の頁を捲っていく。
ルノマ・セフィリア
願い叶える 夢物語を
捲られ続けていた頁が、探し物を見つけ終えたと言わんばかりに一つの頁を開いたままぴんと立つ。本全体を包んでいた光が、其処に収束していく。そうして、彼の手の中に納まった、次の瞬間。
ルノマ・セフィリア
創生の本クライゾン・リブロ
光が、まるで弾けるように散る。
思わず小さく声が上がる。


光の中から現れたのは、薔薇だった。
色とりどりの薔薇が、彼の手の中で咲き誇っている。
幾重にも重なり合って出来たその光景は、
さながら小さな庭園のようですらあった。

その美しさに目を奪われていると、とさりと何か軽いものが地につくような音が聞こえる。はっと我に返って改めて目を向けると、膝を折る様にへたり込むルノマがいた。
ダリウス・ルーボット
っ、ルノマ!
慌てて駆け寄ると、彼は困ったように笑って見せた。
ルノマ・セフィリア
っく……ごめん、大丈夫。
まだ、慣れてないだけだと思うから
ダリウス・ルーボット
慣れてない、って……
その言葉に、俺は再び彼の手の中のそれを見る。
何度かの呼吸をして、ルノマは再び口を開いた。
ルノマ・セフィリア
ユニーク魔法……やっと、使えるようになったんだ。君に一番に見せたくて
ダリウス・ルーボット
……俺に……?
ルノマ・セフィリア
うん
頷いて、ルノマが手中の薔薇を見つめる。その表情はどうやら不安そうで、それでいて嬉しそうでもあって。そんな顔を見せられてしまえば、何も言えなくなってしまう。
ダリウス・ルーボット
……ったく。
だからって、無茶するなよ
ルノマ・セフィリア
無茶じゃないし
ダリウス・ルーボット
へたり込んでよく言うぜ
ルノマ・セフィリア
うるさいな
軽口を叩き合いながら、俺もその場に腰を下ろす。 
ダリウス・ルーボット
それで、どんな能力なんだ?
ルノマ・セフィリア
まだ良く分からないけれど……この魔法を使おうとした時に、僕が一番作りたいものを一つ作れる……って感じかな、多分
ダリウス・ルーボット
……なんつうか、規格外だな。色々と
ルノマ・セフィリア
まあね
 得意げにするルノマに、俺は一つ溜め息を吐いた。 
ダリウス・ルーボット
でもまあ、見た目は悪くねえ。なんていうか、あんだけきらきらしてんのはお前らしいってか……
ルノマ・セフィリア
……きらきら?
俺の言葉に、不思議そうに首を傾げる彼。
要領を得ないような反応に、少し眉を寄せる。
ダリウス・ルーボット
いや、ほら……光がいっぱい集まってたろ?
お前が本を出す時からずっと……
ルノマ・セフィリア
……何それ?
僕はそんなの知らないけど
ダリウス・ルーボット
はあ……?
ルノマの言葉に、今度は俺が首を傾げる番だった。
俺の反応を見てか、彼が続けて口を開く。
ルノマ・セフィリア
確かに呪文を唱えると本が出るのはあってるけど……でも、光なんて出てなかったよ?
ダリウス・ルーボット
んなわけあるかよ!あんなに光ってたってのに見えないわけねえって!
ルノマ・セフィリア
だから、僕には何のことか……
ダリウス・ルーボット
おいおい、冗談はいい加減に……
ルノマ・セフィリア
冗談じゃないって!
ダリウス、どうしたの。
なんか変だよ
頑なに否定する彼に、いよいよ訳が分からなくなる。

本当に見えていないのだろうか。
だとしたら、一体あれは何だったのか。

考えても答えは出ない。それどころか、考えれば考えるほど頭が痛くなっていくような気がした。
ルノマ・セフィリア
……とにかく、今日はもう帰ろう。僕も疲れたし。きっとダリウスも疲れてるんだよ。また明日、仕切り直して練習しないと。まだ構造がよく分っていないから、色々試したいんだよね
ダリウス・ルーボット
……おう
釈然としないながらも、ルノマの言葉に従ってその場を後にする。しかし暗い道を歩いて帰る最中も、俺の頭を占めるのはあの光のことばかりだった。 
ヴェルケ・オブラ
……魔法を使う時に見られる光、ですか?
次の日の放課後。俺は丁度授業終わりだったオブラ先生のもとを訪れていた。先生はいつものように穏やかな笑顔を浮かべて、俺の質問について考えてくれているようだった。 
ダリウス・ルーボット
はい。例えば、創造魔法を使う時に現れては消える光とか……あ、別に実際に見たわけじゃないんですが!最近読んだ本でちょっと、何と言うか、そういう描写があったなあと思って……
散々己がユニーク魔法の所為で辛酸を舐めてきたからだろうか。人のユニーク魔法について詳細に話してしまうのは良くないことのような気がして、少しぼかしながら尋ねる。

それでも十分通じたようで、先生はなるほど、という呟きと共に静かに頷いた。
ヴェルケ・オブラ
そうですね。それは恐らく、魔力が可視化された結果でしょう
ダリウス・ルーボット
……魔力……可視化?
聞き慣れない言葉に目を瞬かせると、先生がにこりと笑う。 
ヴェルケ・オブラ
ええ。私たち魔法士が魔法を使うためには、魔力を糧にする必要があります。しかし魔力は私たちの身体を巡る血のようなものなので、通常その存在を感じることはありません
ヴェルケ・オブラ
ですが、魔力そのものを認識できる出来る魔法士の存在は、古来より種族問わず、各地で聞かれる話です。勿論、見るだけでなく、音や匂いなど、他の感覚器官で捉える者がいることも知られています。恐らく、その本の筆者は、光という目に見える形で魔力を認識しているのでしょうね
ダリウス・ルーボット
……はあ……
あまりに突拍子もない話に、尋ねた側にもかかわらず気の抜けた返事が零れてしまう。けれど、先生もそれを咎めることはしなかった。
ダリウス・ルーボット
その、つまり、光が魔力だとすると……それが現れたり消えたりしているのって、どういうことなんですかね
ヴェルケ・オブラ
なに、単純な話です。光が現れるというのは即ち、魔力が術者の身体から離れ魔法という形に変化しようとしていること。そして消えるのは、魔法という形になり終えた魔力が消費されたということです。その点、例に上げていただいた創造魔法は分かりやすいですね。魔力を代償に術者が物を造り出すのですから
ダリウス・ルーボット
なる、ほど?
ヴェルケ・オブラ
言ってしまえば、魔力が物へと姿を変えているというだけです
いまいちピンと来ない俺に、先生が小さく笑みを零す。 
ヴェルケ・オブラ
ふふ。とはいえ、まだルーボット君達一年生には早すぎますね。創造魔法は仕組みこそシンプルですが非常に高度な魔法です。一歩間違えば、命すら落としかねないですし
ダリウス・ルーボット
……っ、え
先生の一言に、思わずびくりと肩を揺らす。
そんな俺の様子に気が付いたのか、先生が宥めるように言葉を続けた。
ヴェルケ・オブラ
そう怖がらなくても大丈夫ですよ。あくまで禁忌に触れないよう、注意を払えば何の問題もありませんからね
ダリウス・ルーボット
そ、そうですか……
ヴェルケ・オブラ
ええ。焦らずとも、詳しいことは三年次に錬金術の派生授業としてクエリー……こほん、ジャンコ先生が教えてくれます。ルーボット君も、きっと出来るようになりますよ
そう言って微笑む先生に、俺はほっと胸を撫で下ろす。
そうして安堵して少し、ふと浮かんだ疑問を口にする。
ダリウス・ルーボット
あの、禁忌って何ですか?
ヴェルケ・オブラ
おや、気になりますか?
ダリウス・ルーボット
まあ……はい
ヴェルケ・オブラ
ふむ。では、勉強熱心な貴方に免じて、少しだけお話ししましょう。本来は高学年でお伝えする話ですから、少々かみ砕いた表現にはなりますが……
其処で一度間を取ってから、先生がゆっくりと話し出す。 
ヴェルケ・オブラ
魔法は、言ってしまえば毒にも薬にもなる存在です。私達は日々魔法のおかげで豊かな暮らしを営めていますが、その一方で、一歩間違えば魔法の所為で苦しめられることもある。そんな不幸なことが起こらないよう、先人たちは魔法を扱うにあたって『してはいけないこと』が何かを研究し続けた。そうして作り上げられたルールが『禁忌』です
ヴェルケ・オブラ
どんな魔法にも、越えてはならない一線がある。それを越えてしまえば最悪命にかかわりかねない。ですから、私達は必ず己の扱う魔法の禁忌を学ばなければならないんです
先生の言葉を頭の中で反芻し、理解するまでに少しの時間を要した。 要するに、魔法というものは使い手次第で凶器にもなり得るということなのだろう。だからこそ、使う前にはきちんとした知識が必要になるし、むやみやたらと使ってはならないということだ。 

そこまで考えて、またふと思う。
その思考を読み取る様に、先生は続けた。
ヴェルケ・オブラ
一般に言われる創造魔法の禁忌は、
『生命の創造』です
ダリウス・ルーボット
生命……?
ヴェルケ・オブラ
ええ
先生がこくりと頷く。
ヴェルケ・オブラ
創造魔法は、その名の通り、この世のあらゆるものを創り出すことの出来る魔法。しかし、ものを創り出すには同等の対価がいる。命を創り出すには、命を差し出さなければならない
ダリウス・ルーボット
……それって、つまり
ヴェルケ・オブラ
はい。創造魔法で生命を創り出す魔法士は、
自分の命を代価に魔法を使うということです
きっぱりと言い放たれたその言葉に、俺は息を呑む。
それと同時に、光に包まれる男の姿が脳裏を過ぎった。
ダリウス・ルーボット
(ルノマはまだ、自分の魔法について
 詳しく知らない)
ダリウス・ルーボット
(もし、あいつが知らずに
 禁忌を犯していたら)
ぞくり、汗が背を走る。
ダリウス・ルーボット
あのっ、先生、ありがとうございました!
ヴェルケ・オブラ
え……?あ、ええ。どういたしまして
面食らったような顔で此方に目を向ける先生を置いて、俺は急いで教室を後にする。 

目指す先は決まっていた。
はっはっと、犬のように荒く息を吐きながら道を駆ける。
心臓がばくばくと煩い。

焦燥からか、走っているからか、はたまた悍ましい程の予感からか。分からないが、今はそんなことどうでも良かった。

早く、一刻も早く、確かめなければ。

焦りばかりが募り、足が縺れそうになる。
それでも必死に足を動かし続け、漸く辿り着いた目的の場所に、俺は勢いよく飛び込んだ。





ダリウス・ルーボット
ルノマ!






かくして、野薔薇が示す先に彼は居た。

切り株の上に座すその少年は、
まるで眠る様に目を瞑りながら









一匹の白兎を、その膝上に乗せていた。
         TO BE CONTINUED ……

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