第8話

記憶7
57
2021/01/31 09:00
 唖然としたまま家に戻どろうとしたあなたを引き込める声が一つだけあった。
レイト
……なんだ、もう全部知っちゃってたんだね。
 それは、レイトの声であった。優しい声とは違う無機質な声……蹴落とされそうな存在感。いつもとちがうけどいつも通りな、そんな彼だった。
(なまえ)
あなた
……
レイト
ごめんね、ずっと黙っているつもりはなかったんだ。ただ……いつ言おうか、ずっと悩んでいた。
 急に冷たくなったレイトの表情。しかし、あなたは怯まずに言い続ける。否、言わなければいけないのだ。
(なまえ)
あなた
謝らないでください、それは私も一緒です。
レイト
一緒……ねぇ。いいや、違う。一緒なんかじゃない。僕の方が、より罪が深いもん。
 不意に、あなたから視線をそらして窓の外を眺め始めるレイト。あなたは、疑問を声にする。
(なまえ)
あなた
え?
レイト
僕、昔両親を殺されたって話をしなかったっけ? ほら、出会ったときにさ。
(なまえ)
あなた
……していましたね
レイト
……あれね、実は僕両親を殺した相手のことをいまだに覚えているんだ。顔も、しぐさも、表情も、何もかもて……。
 憎悪と悲しみが入り交じった表情を浮かべるレイト。辛かったのだろうか? その白い頬には一筋の涙が伝っている。
(なまえ)
あなた
そうなんですか?
レイト
そう、あれは……まだ少女だった。僕よりも全然小さい、こどもだった……。
(なまえ)
あなた
……
レイト
所々が赤くなっている銀色に輝く剣を携えて、家屋に侵入してきたその少女は……剣と同じような銀色の髪をしていた。
銀色の髪……あなたの髪は、とても美しい銀髪である……つまりそれは……。
(なまえ)
あなた
それって……
レイト
そう、君のことだよ。僕の両親を殺したのは、君だった。
(なまえ)
あなた
……そうだったんですね
レイト
僕はあの日から、君のことがずっと忘れられなかった。憎くて、憎くて、仕方がなかった。
レイト
いつか殺してやろうと、ずっとずっと努力をした……そうしたらね、僕はいつのまにかに英雄になっていたんだ。
レイト
たくさんの人の命を奪った、未来を、何もかも奪い尽くして、忘れようとしていた。自分は人を救っているということを心の盾にして、罪のない人を殺し続けた。
(なまえ)
あなた
……私と同じだ。
 あなたの脳裏に一瞬だけあのころ……戦争に出ていた頃の辛い記憶が思い出される。
レイト
君を殺すことだけを、ただそれだけを目標に。でもね、いつしかそれは……とてもバカらしく思えてきたんだ。
レイト
君を殺したところで、僕の両親が帰ってくることはない。そんな簡単なことに、気が付いてしまった。
(なまえ)
あなた
……
レイト
それから僕は急に今までの自分がバカらしくなった。どうでもよくなって……僕は僕であることを捨てた。僕は、ここへ逃げてきたんだ……。
 馬鹿らしくなった、実に単純で奥の深いその理由には、レイトのありたっけの感情が込められていた。静かな声なのに、いつもとなにかが違う。
(なまえ)
あなた
この家は……あなたの避難所だったんですね。
レイト
そう、心の避難所……でもね、それはあの日、あの場所、あの草原で君を見つけてから、変わったんだ。
(なまえ)
あなた
……
レイト
最初見つけたとき、すぐ殺してやろうと思った。僕のことは覚えていないようすだったし、森の奥で殺せば……誰にもばれないと思ったから。でもね、結局今の今まで殺すことはできなかったよ。
レイト
どうしても……殺せなかったんだ、君のこと。どうしてだろう……わからないや
(なまえ)
あなた
僕も……そうです
 ぐっと、拳を強く握るあなた。
(なまえ)
あなた
あなたのことを兄から殺せって言われたとき、すぐにそんなことが思い浮かびました。けど、僕はあなたと違う……僕は……
──あなたを殺すことにしました。

 それは、嫌いだから殺すのではない。敵国の人間だからではない。レイトだから、殺すのだ。愛しているからこそ、殺すのだ。
レイト
もうすこしだけ待ってくれないかな? せめて、この話だけでも……。
(なまえ)
あなた
わかりました
レイト
僕はね、きっと……君のことが好きなんだ。好きだから、殺したくない……当たり前の感情だよね。
レイト
最後にどうしても、これだけは言いたかった。君は……どうだい?
(なまえ)
あなた
僕も……きっと貴方のことが好きでした。
 震えた声で気持ちを伝える、あなた。二人が抱えていた最大の秘密、それは恋心……。


 お互いの素性も、感情も隠していたのに惹かれあった。それはまるで、磁石のように強い引力である。


 レイトは、ただただ優しく微笑んで、あなたに言う。
レイト
そっか……好き同士だったんだね、僕ら。
レイト
君に殺されるなら、何も悔いはない。どうか……家族と一緒に

──幸せになってね
(なまえ)
あなた
……わかりました
 振り下ろされる一筋の剣。広がる鮮血と、咲き乱れる紅の花。そこにあったのは……彼女の愛した人の亡骸だけであった。
 亡骸には未来はない。奪い去ってきたものたちと同じように、この場所、この時間で止まってしまうのだ。
 その日は……とても月の綺麗な夜であった。

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