〈廣瀬一太〉
月宮団の屯所に女がいるとは聞いていた。
俺は、どうせ女中の類だと思っていた。
ところがどっこい。
そいつは遊廓で働いてると鷲さんは説明する。
-遊廓?
花街の芸妓なんかが月宮団にいるなんて。
……怪しい。
俺は即座にそう感じた。
長州の間者かも知れない。
あの娘だけではなく、娘と共に来たという島津っていう幹部隊士も。
鷲さんや東堂さん、それ以外の幹部隊士も普通に彼女と接している。なんの疑いもしていない様子だった。
だが、俺だけは彼女に目を光らせていた。
月宮団隊士でもない俺が言える身ではないが、勿論、怪しい行動をとったら斬る。
そう思っていた。
そんなある夜。
せっかく久しぶりに来た京。
夜の京も散歩してみたい。涼みたかったことも兼ねて、外へ出ることにした。
そのとき。
背後から「廣瀬さん?」という若い女の声が聞こえた。
不思議そうな顔をしたあいつがいた。
風呂上がりだろうか。顔が少し火照っていた。
名前は...確か...
しめた。
こいつも一緒に連れていこう。
そして、長州の患者かどうか俺が調べてみよう。
そう思った刹那。
明日香は突然こんなことを言い出した。
真っ青な顔をして、そそくさと俺の髪を拭き始めたのだった。
...何を企んでいるのか全く分からない。
俺は少し賭けに出てみた。
遠回しに、「前から妙に怪しい行動をしているな」と言ってみる。
でもどうしたことだ。
まるで図星を言われた姿を見せない。
それどころか、隊士のことが心配だとか言い出した。
-不意に、俺の姉貴と明日香の姿が何故か重なった。
何故だ?
何故、明日香と姉貴が...。
そんな自分が可笑しくて苦笑する。
気づけば俺は、自分のことを明日香に話してしまっていた。
俺はさっと我に返って言い放つ。
...明日香は何も言わない。
ちらりと明日香の顔をみる。
明日香の目は俺の足元に向けられていた。
...もしかして、俺がこんな話をしたから-
素っ頓狂な声で俺に顔を向ける。
なんか...面白い。
いい暇潰し相手になるかも。
そして門へと歩き出す。
でも明日香はついてこようとしない。
つか、「仕事があるからいいです」なんて言って逃れようとしていた。
...そんなことで、はいわかりました、と言うとでも?
俺は半ば脅すように手首を掴む。
そして明日香に近づいた。
すると明日香は少し顔を赤らめてしぶしぶ俺についてくる。
...初めてあんなに近くで明日香の顔を見たが、なかなか良い顔をしている。
顔を赤らめ、どこか悔しそうにする明日香の顔は、ちょっと可愛くみえた。
...なんて思ったのは、俺の心の中だけの話だ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。