「ごちそうさま。」とあなたは席を立った。すっかり空になった食器を下げに行くと依央利が満面の笑みでそれを受け取る。
「最近たくさん食べてくれるからすっごく嬉しいよ。作り甲斐がある。お仕事忙しそうですしちゃんと食べてもらわないと困ります。」
「……そう言ってくれるならいいんだけど。おいしいから食べすぎちゃって。」
そう言って彼女は申し訳なさそうに自室へ行った。なぜそんな顔をするのかと依央利は首をかしげながら食器洗いを再開した。
あなたが溜息と共に自室のベッドへ腰かけると、開けっ放しの引き出しからお菓子の袋が覗いていた。夕飯をしっかり食べたのにまだ食欲が収まらないようでその一点を凝視しているが、内に残るかすかな理性がそれを食い止めていた。
(ダメだよ……食べちゃダメ……食べたら太る。太ったら、嫌われる。自分にも皆にも。)
だが気がついた時には、あたりにお菓子の袋が散らばっていた。
(まただ、またやっちゃった。……何回やめようとしても止められない、もうどうしようもできない。もう、自分では制御できない……苦しい。)
心と胃を苦しめながら眠る日々が続いたある日、珍しく体調を崩したあなたは気分が悪くなってトイレに駆け込んだ。吐くという行為に対する抵抗感があったものの、自らの体には抗えず、胃の中身をすべて出し切るとだいぶ楽になった。それと同時にある考えが頭をよぎった。
……その日を境にあなたは食べては吐きを繰り返すようになった。吐くのはやっぱり苦しくて、痛くて、でもやめられない。ある夜、いつものように暴食をしてしまったあなたはいつものようにトイレに向かった。口に指を突っ込んで喉の奥をぐっとすると、嘔吐中枢が刺激される。
「おぇっ……えっ……。」
(何やってんだろうな、私。あまりにもみじめで、情けなくて、苦しくて。生理的な涙に紛れてそんな感情が溢れてくる。)
ちょうど吐き始めたころに、外から荒めのノック音が聞こえてきた。
「‼」
冷汗と涙が頬を伝う。……そして鍵をかけていなかった個室の扉がゆっくり開けられた。
「……あなた。」
猿川があなたのことを静かに見下ろしていた。その瞳に映るのは明らかな心配の色だ。
「……さ、猿川、くん……げほっ……。」
しゃがみ込んだ猿川に背中をさすられながら胃の中のものを吐き出した。さっき食べたものがびしゃびしゃと飛び散った。鼻をつくような胃酸の匂いと苦しさ、喉の痛さにあなたはますます顔を歪ませた。荒い息を吐きながら落ち着くのを待っていた。
今までの過食嘔吐のことを洗いざらい吐いた。
「食べることがやめられなかったの。でも、太りたくなくて、ちょっと前から吐いてた。……ごめんね。」
「なんでお前が謝んだよ。……乱入して悪かった。」
あのな、と猿川は始めた。
「俺らが気づいてないとでも思ったか?でも……見てられねぇ。太ってるとか、痩せてるとか関係ねぇし。お前はお前だろ?」
あなたは少し躊躇ってこくり、とうなずいた。
「でもな、自分で自分のことを傷つけたり大事にしなかったりしたら絶対許さねぇ。お前だろうとぶん殴……おこるからな!!」
終
2024年1月26日
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。