太宰side
私の名前は、太宰治。砂色の長外套に、ぼさぼさの蓬髪、首と手に巻いた包帯が印象的だ。
今は、彼は誰時、静かな君に、独り言のように話しかける。
と云いながら、君を見た。こうやって、君を見下ろす日が来るなんて、あの頃は思ってもいなかったよ。
出来るだけの笑顔を作って語りかける。
私が話しているというのに、今の君は無視かい?昔の君なら、どう反応するんだろうね。君のお陰で、いい先輩、同僚、後輩に出会えた。
少しは、君に近づけたかな。
そんなの、分かりきったことだ。けど、すこし堪えるね。此処に来るときは、毎回笑顔でいようと思うのに、どうしても笑えない。
昔と見た目の違う君。動かない君。喋らない君。そんな君に話しかけてしまうほど、私にとって、君は大切な存在なのだよ。
叶うことのない願い。もう、四年間も君に会えていないのだよ・・・・・・。会いたい。
何時もなら、まだ寝ている時間。
此処から見える海も、街も、まるで君のように、今は静かだ。けれど、もうすぐ何時もの朝になる。何時ものように、賑やかになる。皆起きて、仕事に出かける。学校に行く。けれど、君はあの日からずっと起きない。
つい先程まで鉛白だった水平線が、梅鼠色に染まってきた。そろそろ、皆が起きる時間かな。
何時か其方で君と会えることを願っているよ。
何時もと変わらない、川。昨日は、流れが急だったから、死ねると思ったんだけど・・・・・・。
そう云いながら何時ものように、川に入る。夜明けの川は冷たい。落ち着く・・・・・・。まるで故郷に帰ったみたいだ。目を閉じて、何も考えず、ただひたすら川を流れる。日頃から入水してる所為か、10分潜っていても死なないのだけれどね。今日は早い時間からやっているし、敦君が来る前に死ねるかな。
・・・・・・もう、30分以上経ったんじゃ?全然死ねない。まあいい。敦君が来るまでは諦めずに頑張ろう。
そう思った矢先、誰かに足を掴まれた。敦君かな?今日は来るのが早いね。仕方ない。大人しくしてよう。
川から、出されて目を開ける。目の前には、何時も通り敦君の呆れた顔が・・・・・・は?
???side
今私は、乱歩さんに頼まれ、駄菓子の買い出し中だ。
何時も通り、二丁目にある煙草屋のお婆さんに捕まって、話し相手をした後急ぎ足で帰っているところだった。
昼時で仕事の休憩時間になったのだろう。作業員や配達員が飯を買いに近くの店に行く姿が見えた。それと同時に、川に流されている二本の足も。
二本の足。それはどのような場合であっても、存在が奇妙に誇張されて見えるものだ。だが今回は違った。その二本の足は風景に溶け込み、昼の穏やかな日常と一体になっていた。
私は二本の足を目で追いかけ、川まで行った。正直、ただでさえ二時間あのお婆さんに取られた。此処で時間を食っていると、乱歩さんの機嫌を損ねる。此処は見なかったふりをして、探偵社に戻るのが乱歩さんのためであろう。だが、目の前で二本の足が流れている。其れを見ぬふりして帰れば探偵社としての威厳を失う。此処は探偵社員として、助けるべきである。助ける、というのは目の前の二本の足がピクピク動いているからだ。死んでない。生きている。そのため今回は引き上げるではなく、助ける、だ。
だが、助けたくても其れは私と反対側の岸に近い。歩道橋をわたっても間に合わない。・・・・・・方法は一つ。私が泳いで助けることだ。だが、両手には駄菓子がある。駄菓子をおいて行くしかないのか・・・・・・。しょうがない。私は、砂色の長外套、靴と靴下を脱ぎ、駄菓子の袋の近くにおいた。
川に飛び込むと、あまりの冷たさに驚いた。流石にこの冷たさで人間一人を掴んで岸に上がるのは手こずるな・・・・・・。私は二本の足の持ち主ののところに近づき、其の人を砂色の長外套の上から掴み、近くの岸に引き上げた。案の定、私が上がった岸は、駄菓子たちと反対側だった。
二本の足の主は、砂色の長外套に、ぼさぼさの蓬髪、首と手に包帯を巻いていた。私はこの男に違和感を覚えた。何処かで見たことがある。この蓬髪。この長い睫毛。まるで、あのバーで話した青年ーー太宰治に似ていた。太宰は左目に包帯を巻いていた。だが、この男は左目に包帯を巻いていないし、外套の色が黒ではない。其れに、太宰は、もう死んだと芥川から聞いた。あの日、マフィアの本部ビルの屋上から飛降り自殺をしたらしい。芥川と元部下の少年の前で。だからこの男は太宰ではない。似ている誰かだ。
少しあって、男が目を開いた。「気づいたか?」と言う前に男は云った。
私が男の顔を覗き込むと男は、口を開いたり閉じたりしていた。うまく呼吸ができないのだろうか。私が話しかけようとした時、男が
と云いながら泣き出した。「会いたかった」だの「なんで」だのずっと同じ言葉を何回も何回も泣きながら云っていた。
其れよりも、
私は一度もこの男に名乗っていない。其れに、其の呼び方を太宰にされて以降、誰にも言われていない。男は急に飛び起き、
など意味不明なことを云っていた。
私は男にそういった後名前を聞いた。その時、男から出た言葉が信じられなかった。男は少し、否、だいぶ悲しそうな、何かをこらえるかのような顔をした後名乗った。
ありえない。太宰は死んだはずだ。其れにこの太宰は、この前あった太宰とは見た目が違う。
私は、太宰と名乗る男にもう一度名前を確認した。信じられるわけがない。つい最近死んだ男が生き返っただと?しかも、前とは違う見た目で。
男はまるで何も知らない、子どものような顔で質問してきた。
私は本当のことを話した。一つも嘘はついていない。それなのに男は信じられないという顔をした。
男はまた意味不明な発言をした。
男はなにか思いついたように云った。探偵社に連れて行くのか・・・・・・。危険な男かもしれないが此処は了承することにした。
俺と男は歩道橋をわたり、長外套たちを取った後、探偵社に向かった。探偵社に向かっている途中男は静かに魂が抜けたような表情をしていた。時々、私のことを見つめ、うつむいた。
探偵社の前につくと、国木田がいた。
案の定、乱歩さんが機嫌を損ねている様子らしい。二時間またせたうえ、男を拾ってきたからな。
国木田からの質問攻めが始まった。
国木田は眉間の皺をさらに深くしながら訊ねた。
国木田が固まった。先程の威勢がなくなり、青ざめていた。
国木田は混乱したように口を開いたり閉じたりしていた。
国木田は青ざめ、後退りしながら云った。
男は、悲しい顔をした後、ポツリと云った。
私は男に訊ねた。違う世界線とは何だ?
男は、今まで以上に意味不明な話をし始めた。
国木田は男と一米以上離れた距離から反論した。
男は少し考えた後に云った。乱歩さんならこの状況が判るのか。
上から声がした。乱歩さんだ。
男は、少し安心した表情をしたが、乱歩さんの言葉を聞き、ため息を付いたあと、
男は外から上にいる乱歩さんに、何度もお願いしていた。
国木田が先程よりも離れたところで男に話しかけた。
国木田は、何時もよりも冷たい目で男を睨みながら云った。
男は、あのときと同じように生まれたときから身につけていたという感じの熟れた微笑みを浮かべながら云った。
私は男を階段で追い越し、先に中にはいった。
私は、両手に持っていた駄菓子の袋を乱歩さんの机においた。
乱歩さんは何時もの台詞を言った後、自分の椅子に座った。
乱歩さんは私の発言に少し呆れながら、男について質問した。
私は、本当にその男が。太宰かはわからないが、一応肯定しておいた。
乱歩さんは扉の向こうにいる男に入室するよう指示した。
男は、他の社員を見ながら戸惑っていた。他の社員は全員、男の顔を見た瞬間、固まった。
芥川が、任務に出かけていて良かった。もしいたら今頃、この男は八つ裂きにされていただろう。
乱歩さんは呆れたような顔をしながら男に話しかけ、ラムネを開けた。
男は、気まずそうに部屋に入り、乱歩さんの机の前まで歩いた。
太宰が目の前を通る時、殆どの社員が身構えた。それもその筈、此奴はポートマフィアの首領だからだ。
乱歩さんは、鼻で笑いながら男に問いかけた。入水・・・・・・この男は自殺を図ったのか。
男はまるで当たり前のように、入水しに行ったと云った。普通の人間は入水したのかと聞かれたら、それを隠したがると思うのだが・・・・・・。川に流されていたのにやけに風景に溶け込んでいたのは、それが日常だからか。
乱歩さんは興味がなさそうに返事した後、太宰の話をした。
男は乱歩さんの話を聞くと目を見開いて驚いていた。私も驚いた。太宰は勘違いで自殺したのか。ポートマフィアを統べた男が勘違いで・・・・・・。
乱歩さんは男に、七つの線で区切られ左の大きな枠に『いいよ』と書かれた判子が押してある、紙を渡した。
男は其の紙を手に取り観察しながら乱歩さんに聞いた。
『いいよカード』か。それなら芥川のときもやっていたな。私も芥川に『いいよ判子』をこの前押したな。
乱歩さんは芥川のときと同じ説明を男にもした。
男は驚いた顔をして固まった。
乱歩さんは、男に指を指しながら、大きな声で自分のお陰だと云った。さすが乱歩さんだ。何もかも全てお見通しなんだな。
男は少し微笑みながらいった。
男は引き気味に乱歩さんの要求を復唱した。
乱歩さんの言葉に男は声を張り上げた。その所為で女性社員の多くが驚いていた。
乱歩さんは少しも興味を示さず、男に背を向けた。
男が訊ねると、乱歩さんは「まだあるの」と云いたげな顔をしながら椅子を回転させ、男の方を向きながら追加の要求をした。
男はまたもや少し引き気味だが了承した。
私も含まれるのか。与謝野さん達から貰うのはそこまでかからなそうだが、芥川が心配だ。『いいよ判子』を貰う前に八つ裂きにされてしまいそうだ。
男は、信じられないという顔をしながら乱歩さんに聞いていた。
此方の世界では?男が言う違う世界では芥川は探偵社員じゃないのか。
男は敦君と云いながら少し悲しそうな顔をしていた。たしか、太宰が飛び降り自殺したときに、芥川と一緒にいたのがその人だった気がする。
乱歩さんは男に返答をした後、駄菓子を食べながらゲーム機を取り出した。会話終了だ。
男は少し俯いた後に、覚悟を決めたように乱歩さんを、否、外を見た。外と云っても、外の風景ではない。向かいのビルよりも、もっと奥、地平線よりももっと奥の何処か遠いところを見つめていた。私には何処を見つめているか少しも見当がつかない。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。