中島敦 side
谷崎さんが、何者かに刺された。
そいつは、口元を抑えて此方に歩み寄る。
ポタリ、とそいつの外套から赤いものが垂れた。
国木田さんに言われた言葉が、今になって脳内を駆け回る。
芥川。
国木田さんが言っていた、芥川。
何故、何故こんなところに?
女の人がそう言った途端、芥川は女の人の顔面を引っぱたいた。
女の人は叩かれた頬を抑え、申し訳なさそうに俯いた。
仲間じゃないのか…?
いや、人虎?
真っ赤になって倒れる谷崎さんとナオミさん。
自分の呼吸が早くなるのを感じる。
芥川のその言葉に、孤児院の記憶がフラッシュバックする。
もう何も考えられない、考えたくない。
芥川は、真っ黒な目でこちらをじっ、と見つめる。
そう呟くと、芥川の外套はまるで龍の頭のような形に変わる。
恐ろしい姿だ。
考える暇もなく、その龍は攻撃を仕掛ける。
僕の体スレスレで飛んできたその龍は、地面を抉り取った。
恐怖でしか無かった。
僕はへたり、と地面に座り込んだ。
僕のせい……?
僕が生きてるだけで皆不幸になるのか……?
後ろから谷崎さんの声がした。
谷崎さんは逃げろと言った。
ナオミさんは少し動いた。
皆、まだ息がある……
『貴様も今日から探偵社が一隅。
社の看板を』
また国木田さんの言葉が僕の脳内を駆け巡った。
『汚す真似はするな。』
気が付けば僕は走っていた。
倒さなきゃ。
二人の為にも。
芥川を。
芥川の龍がまた攻撃を仕掛けてくるが、僕はスピードをつけたまま、体制を低くして避ける。
そのままさっきの女の人が落とした銃を拾う。
こちらに目線を向ける芥川に銃口を向ける。
狙いを定め、撃った。
何発も、何発も。
芥川の背中に向けて。
暫く撃ち、もう大丈夫だろうと安心しきっていると
芥川は、その真っ黒な瞳をこちらに勢いよく向けたのだ。
絶望に襲われた。
芥川の龍はこちらを睨み続ける。
そこらに転がった銃弾を、芥川は踏みつける。
そんなの……攻撃のしようがないじゃないか!
芥川の龍が、僕の足を喰った。
一瞬で。
泣いている。
小さい子供の声だ。
泣いていた子は、孤児院の大人に叩かれた。
ああ、あの子は、あの子供は
僕だ。
そうだ……
僕は、ずっと見捨てられ乍ら生きてきた。
それでも僕は……
パキ、そんな音が聞こえた。
バキ、ゴキ、グキ、パキ。
そんな音が立て続けに聞こえる。
けれど、悪い気はしない。痛くはない。
今だけは、お前にくれてやる、僕の体を好きに使え。
『月下獣』
そいつが、微笑んだような気がした。
僕は、咆哮を上げた。
龍が腹を喰らうが、直ぐに回復してやる。
何度でもやるといい、何度だって回復してやるから。
虎は、壁を蹴り芥川の正面へ飛ぶ。
対して芥川は、外套を変形させ、まるで蜘蛛の巣のようにし虎からの攻撃に備える。
が、
虎の力は強かった。芥川は吹き飛ばされ、壁へ激突した。
女の人が、虎に向かって銃を撃つ。
でも、それも効かない。
虎の鋭い目付きに捕まった女の人は、動けずにいた。
芥川の龍が、虎を真っ二つに喰ちぎった。
だが虎は殺されていなかった。
何故ならそれは
谷崎さんは笑みを浮かべて芥川を睨みつけた。
本物の虎は、芥川の背後に現れた。
そんな虎に芥川は、笑みを浮かべ
手のような外套が出された。
だが僕は虎だ。
芥川、これで最後だ。
そう、決着を付けようとしたその時
気の抜ける声が響いた。
Murder side
……こりゃ凄い状況だな。
探偵社の新人はかの有名な狗、芥川と戦っていたようでボロボロだ。
コートの中から盗聴器とヘッドホンを取り出す太宰。
そんなニコニコで答えることでもないだろうに。
女のやつが銃を構えたかと思えば、芥川が笑みを漏らした。
七十億。
ニンゲン一人にそんな金かけるやつがこの世にはいるモンなんだな。
世界は広い。
太宰と芥川は睨み合う。
戦争ねえ。探偵社と殺しのプロとも言えるポートマフィア。
果たしてどっちが勝つんだか。
……
は?
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。