第12話

第十二話
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2023/12/10 08:25

中島敦 side









芥川龍之介
死を惧れよ。










谷崎さんが、何者かに刺された。











芥川龍之介
殺しを惧れよ。










そいつは、口元を抑えて此方に歩み寄る。










芥川龍之介
死を望む者。










ポタリ、とそいつの外套から赤いものが垂れた。










芥川龍之介
等しく死に、望まるるが故に……
ゴホッ










国木田独歩
こいつには遭うな。遭ったら逃げろ。
俺でも……奴と戦うのは御免だ。










国木田さんに言われた言葉が、今になって脳内を駆け回る。










中島 敦
な……
芥川龍之介
お初にお目にかかる。僕は芥川。
そこな小娘と同じく、卑しきポートマフィアの狗……
ゴホッ、ゴホ…










芥川。










国木田さんが言っていた、芥川。










何故、何故こんなところに?











樋口一葉
芥川先輩!
ご自愛を……!此処は私ひとりでも










女の人がそう言った途端、芥川は女の人の顔面を引っぱたいた。










芥川龍之介
人虎は生け捕りとの命の筈。片端から撃ち殺してどうする。役立たずめ。
樋口一葉
……済みません。










女の人は叩かれた頬を抑え、申し訳なさそうに俯いた。








仲間じゃないのか…?






いや、人虎?










中島 敦
人虎……?生け捕り……?あんたたち一体
芥川龍之介
元より僕らの目的は

貴様一人なのだ人虎。
そこに転がるお仲間は……

いわば、貴様の巻添え。
中島 敦
僕のせいでみんなが……?










真っ赤になって倒れる谷崎さんとナオミさん。








自分の呼吸が早くなるのを感じる。










芥川龍之介
然り。それが貴様の業だ人虎。貴様は、

生きているだけで周囲の人間を損なうのだ。










芥川のその言葉に、孤児院の記憶がフラッシュバックする。








もう何も考えられない、考えたくない。










芥川龍之介
自分でも薄々気がついているのだろう?










芥川は、真っ黒な目でこちらをじっ、と見つめる。










芥川龍之介
『羅生門』










そう呟くと、芥川の外套はまるで龍の頭のような形に変わる。









恐ろしい姿だ。










考える暇もなく、その龍は攻撃を仕掛ける。






僕の体スレスレで飛んできたその龍は、地面を抉り取った。








恐怖でしか無かった。










芥川龍之介
僕の『羅生門』は悪食。凡るモノを喰らう。
抵抗するならば次は脚だ。
中島 敦
な、何故?どうして僕が……。










僕はへたり、と地面に座り込んだ。











僕のせい……?








僕が生きてるだけで皆不幸になるのか……?











谷崎潤一郎
……く、ん……










後ろから谷崎さんの声がした。










谷崎潤一郎
敦、くん……逃げ、ろ……。
ナオミ
う……










谷崎さんは逃げろと言った。








ナオミさんは少し動いた。










皆、まだ息がある……










『貴様も今日から探偵社が一隅。



社の看板を』










また国木田さんの言葉が僕の脳内を駆け巡った。










『汚す真似はするな。』











中島 敦
うわあぁあぁあああ!!!!










気が付けば僕は走っていた。










倒さなきゃ。






二人の為にも。










芥川を。










芥川龍之介
玉砕か……詰らぬ。










芥川の龍がまた攻撃を仕掛けてくるが、僕はスピードをつけたまま、体制を低くして避ける。










そのままさっきの女の人が落とした銃を拾う。










芥川龍之介
ほう。










こちらに目線を向ける芥川に銃口を向ける。










狙いを定め、撃った。










何発も、何発も。










芥川の背中に向けて。










暫く撃ち、もう大丈夫だろうと安心しきっていると










芥川は、その真っ黒な瞳をこちらに勢いよく向けたのだ。









絶望に襲われた。









中島 敦
そ、んな……
何故…。
芥川龍之介
今の動きは中々良かった。しかし所詮は愚者の蛮勇。
云っただろう。
僕の黒獣は悪食。凡るモノを喰らう。仮令それが
『空間そのもの』
であっても。









芥川の龍はこちらを睨み続ける。








そこらに転がった銃弾を、芥川は踏みつける。










芥川龍之介
銃弾が飛来し、着弾するまでの空間を一部喰い削った。
槍も炎も、空間が途切れれば僕まで届かぬ道理。
中島 敦
な……。










そんなの……攻撃のしようがないじゃないか!










芥川龍之介
そして僕、約束は守る。










芥川の龍が、僕の足を喰った。











一瞬で。










中島 敦
ぎっ



ぎゃぁあぁああぁあああああぁぁあああ!!!!












泣いている。










小さい子供の声だ。











______
泣くのを止めろ。
餓鬼め!










泣いていた子は、孤児院の大人に叩かれた。











ああ、あの子は、あの子供は











僕だ。










______
詮無く泣いて許されるのは負うてくれる親のある児のみ!
親にも捨てられたような餓鬼に、泣く資格など無い!










そうだ……






僕は、ずっと見捨てられ乍ら生きてきた。










それでも僕は……























パキ、そんな音が聞こえた。










芥川龍之介
何ッ……。










バキ、ゴキ、グキ、パキ。











そんな音が立て続けに聞こえる。









けれど、悪い気はしない。痛くはない。










今だけは、お前にくれてやる、僕の体を好きに使え。










『月下獣』










芥川龍之介
そうこなくては。










そいつが、微笑んだような気がした。











僕は、咆哮を上げた。









芥川龍之介
『羅生門』










龍が腹を喰らうが、直ぐに回復してやる。











何度でもやるといい、何度だって回復してやるから。










樋口一葉
芥川先輩!
芥川龍之介
退がっていろ樋口。
お前では手に負えぬ。










虎は、壁を蹴り芥川の正面へ飛ぶ。










芥川龍之介
疾いッ










対して芥川は、外套を変形させ、まるで蜘蛛の巣のようにし虎からの攻撃に備える。









が、







虎の力は強かった。芥川は吹き飛ばされ、壁へ激突した。










樋口一葉
おのれ!










女の人が、虎に向かって銃を撃つ。











でも、それも効かない。











樋口一葉
銃弾が通らない……!?











虎の鋭い目付きに捕まった女の人は、動けずにいた。










芥川龍之介
何をしている樋口!
『羅生門・顎』










芥川の龍が、虎を真っ二つに喰ちぎった。











芥川龍之介
ち……生け捕りの筈が。











だが虎は殺されていなかった。










何故ならそれは










谷崎潤一郎
『細雪』……!










谷崎さんは笑みを浮かべて芥川を睨みつけた。









芥川龍之介
今裂いた虎は虚像か!では……










本物の虎は、芥川の背後に現れた。










そんな虎に芥川は、笑みを浮かべ










芥川龍之介
『羅生門』『叢』……!










手のような外套が出された。









だが僕は虎だ。










芥川、これで最後だ。











そう、決着を付けようとしたその時









太宰治
はぁーいそこまでー。
芥川龍之介
なッ……










気の抜ける声が響いた。





















Murder side










……こりゃ凄い状況だな。










探偵社の新人はかの有名な狗、芥川と戦っていたようでボロボロだ。










樋口一葉
貴方探偵社の……!何故ここに!!
太宰治
美人さんの行動が気になっちゃう質でね。こっそり聞かせて貰ってた。










コートの中から盗聴器とヘッドホンを取り出す太宰。










そんなニコニコで答えることでもないだろうに。










樋口一葉
な……真逆!
盗聴器!?

では最初から……私の計画を見抜いて。
太宰治
そゆこと。
ほらほら起きなさい敦君。いくらMurder君が居ると云っても三人なんて持ち帰るには多すぎる、厭だよ私。
Murder
オイコラァ。
樋口一葉
ま……待ちなさい!生きて返す訳には
芥川龍之介
くく……くくく。











女のやつが銃を構えたかと思えば、芥川が笑みを漏らした。










芥川龍之介
止めろ樋口。お前では勝てぬ。
樋口一葉
芥川先輩!でも!
芥川龍之介
太宰さん、今回は退きましょう……しかし人虎の首は必ず僕らマフィアが頂く。
太宰治
なんで?
芥川龍之介
簡単な事。その人虎には……

闇市で七十億の懸賞金が懸かっている。裏社会を牛耳って余りある額だ。










七十億。










ニンゲン一人にそんな金かけるやつがこの世にはいるモンなんだな。




世界は広い。










太宰治
へえ!それは景気の良い話だね。
芥川龍之介
探偵社には孰れまた伺います。その時、素直に七十億を渡すなら善し。渡さぬなら……。
太宰治
戦争かい?探偵社と?良いねぇ、元気で。



やってみ給えよ。……やれるものなら。










太宰と芥川は睨み合う。









戦争ねえ。探偵社と殺しのプロとも言えるポートマフィア。




果たしてどっちが勝つんだか。










樋口一葉
……ッ
零細探偵社ごときが!我らはこの町の暗部そのもの!参加の団体企業は数十を数え、この町の政治・経済の悉くに根を張る!
たかだか十数人の探偵社ごとき……三日と待たずに事務所ごと灰と消える!
我らに逆らって生き残った者などいないのだぞ!
Murder
…そりゃすげえや。
太宰治
知ってるよ、その位。
芥川龍之介
 然り。
外の誰より貴方はそれを悉知している。






……元マフィアの太宰さん。













……















は?



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