アマルside
夏の日。
蝉の大合唱の合間に聞こえる啜り泣く声と嗚咽。
今日もか。
向かいのアパートの一室を見る。
そう遠くないので、ここまで泣き声が聞こえるのだ。
泣いていた当事者は、今日もまた、空を仰いで泣いている。
儚く散ってしまいそうな表情が無性に俺の理性を震わせて、なんとなく取った紙にメッセージを書いてくしゃくしゃに丸めたそれを投げつける。
コテ、と効果音がつきそうな程100点満点のリアクションをした向かい側の少年は、くしゃくしゃの紙を広げて、暫くしてふと俺の方に視線を向けた。
口パクでそう伝える。
数秒停止した彼は、意味を理解したのかぶわっと目に涙を溜めた。
俺が戸惑っていると、口パクで返された。
瞬時に気づいた。
俺の犯した一つの失態に。
あのくしゃくしゃに丸めた紙に紛れたであろう葉。
赤い薔薇の葉。
貴方の幸福を願う。
いつも泣きながら空を仰ぐ君は、きっと不幸にぶち当たっているんだろう。
無意識に買っていた赤い薔薇。
渡すつもりなど毛頭なかったが、この部屋にある葉っぱなんて薔薇ぐらいしかない。
赤い薔薇の花言葉は『愛』。
赤い薔薇の葉は『幸福』。
どちらも間違いではない。
嬉しそうに手紙を振り回すお前を見ると、俺の不幸も飛んでいった気がした。
【君がいつも仰ぐ空へ】。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。