第14話

12・清明さん、猫を助ける
2
2026/01/28 22:37 更新
吹く風に青葉の香りと、桜の花弁はなびらが混じる
ペダルをぐ足が軽い
わたしは家のそばに通っている白川通しらかわどおりを南へ走り
ガソリンスタンドの角で右折した
標識に「丸太町通まるたまちどおり」とあって、何かいわれのありそうな名前だ、と思う
窓の大きな喫茶店で、ベストを着た店員がサイフォンでコーヒーをれている
神社の鳥居脇には桜が咲いて、ずらりと並ぶ提灯ちょうちんには可愛らしい白うさぎが描かれている
岡崎おかざき神社、というらしい
アンティークショップの店先には、ちょうど戸棚や椅子が並べられているところだ
新しいものと古いものが共存している丸太町通の空気は、たちまちわたしをとりこにした
引っ越す前、親友に「京都人にいけずされないように」と心配されたけど
この街はきっと「いけず」ではない
強く望めば、そして礼儀を忘れなければ受けれてくれるようなふところの深さを感じだ
実際、張り紙を張らせてくれた喫茶店や雑貨屋は、どこも飼い猫の早い帰還を喜んでくれた
(なまえ)
あなた
ご協力ありがとうございました
これ、両親から預かったんですけど
わたしがポチ袋に入れた薄謝を出すと、ことごとくやんわりと断られた
お店の人
お店の人
それより、うちの店ひいきにしてくれはった方がいいですわ
店主たちに言われて、わたしは安心した
それなら恩も返せるし、この街の人々に歓迎されている感じがした
さらに西へと自転車を走らせ、右折して北へ向かう
高校の前では、桜が満開だった
後者の窓が明るく輝くのがまぶしい
ーがんばろうね
志望校に無事合格した親友に、心の中で呼びかける
元気だ、と手紙を書こうかと思う
結局うやむやになってしまった隣人の正体だけは、気がかりで仕方ないのだけれど
昼の十二時過ぎに家へ帰ってくると
予想していたよりも大きな日本酒の瓶が台所のテーブルに置いてあった
(なまえ)
あなた
お母さん、お礼は小さな瓶じゃなかったの
母親
母親
そのことなんやけど……
お母さんは米をとぎながら、言葉を濁した
(なまえ)
あなた
何かあったの?
母親
母親
ちょっと待ってや
米をざるに上げて手を拭くと、お母さんはタブレット端末を棚から持ってきた
母親
母親
この地元のニュース見て。今朝けさ配信されたんやけど
(なまえ)
あなた
ん?
わたしは眉を寄せた
「猫虐待事件犯人か 動物愛護法で会社員を逮捕」と物騒な見出しだ
母親
母親
昨日の夜遅くに捕まったんやて
ミオが帰ってくるちょっと前に
記事は短い

深夜にうろついていた男のバッグから複数の猫の鳴き声がしたため警官がひそかに後を追ったところ
ビニール袋に詰めた子猫数匹を物陰に廃棄したため現行犯逮捕した
また、自宅には十匹以上の猫がゲージに入れられており、どの猫も健康状態が悪く
怪我けがを負っているため男に詳しい事情を聞いているという
(なまえ)
あなた
ひどいね
わたしは憤慨した
わき上がる不快感を抑えられない
母親
母親
ほんま、捕まって良かったわ
お母さんも憤懣やるかたない様子で言う
母親
母親
でな、捕まった場所が記事に書いてあるやろ
それ、この近所やねん
(なまえ)
あなた
え、えっ
不快感に加えて、背筋が寒くなってきた
(なまえ)
あなた
ちょっとタイミングがずれてたら、この犯人と、ミオが鉢合わせしてた…?
母親
母親
そういうことや
お母さんは重々しそうにうなずいた
母親
母親
もしかしたら、お隣さんが書いたおまじないのお札が効いて、ミオが助かったのかもしれん…
と思ったら、つい大瓶を買っててん。迷信深いやろうか
(なまえ)
あなた
ううん
お母さんの気持ちを否定する気にはなれなかった
あのお札を受け取った時、なぜか安心して震えが止まったのを覚えている
(なまえ)
あなた
(もしかしたら、本当にあのお札が効いたのかもしれない
おまわりさんが猫の鳴き声に気づいたのも、犯人がおまわりさんに気づかなかったのも
ちょっと不思議だもの)
母親
母親
あなたの下の名前、お昼食べたら、お隣さんにそのお酒持って行ってくれへん?
(なまえ)
あなた
うん。大学の先生もまだ春休みだよね?
母親
母親
研究のために休暇を取ってるから、大学には当分行かなくてええらしいで
大家さんが言うには
(なまえ)
あなた
いいなあ
母親
母親
何言うてんの
ああいうお仕事の人らは、論文を書いて成果を出さな食いっぱぐれるんやで
遊んで暮らしてるのとは違います
(なまえ)
あなた
はーい
足元にミオがすり寄ってきた
(なまえ)
あなた
危なかったんだからね、ミオ
三毛の毛並みを撫でてやった

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