あたし達がそれぞれの持ち場につくと、ナレーションが流れた。
「これより、演劇部による朗読劇が始まります」
やがて体育館の照明が落ち、舞台上が照らし出される。
反射光に照らし出された、大きな塊。よく見ると、それは人の群れだった。
数十人。いや、数百人は居るだろうか。あまりの観客の多さに、あたしは戸惑った。
いくら保護者や他校からの参加者が居るとはいえ、あまりにも人数が多すぎるからだ。
今回の劇は、あくまでも文化祭の催し。派手な演出も、過度な呼び込みもしていないのに……。
舞台の真ん中。地見先輩と並んで立っている梨々花ちゃんは、不安気に言った。
客席から漏れ聞こえる声に、思わず身構える。
この時初めて、みんなが見たがっているものが朗読劇ではないことに気づかされた。
周囲の関心は朗読劇ではなく、女優の娘だった。
その現実に、緊張感に包まれていた胸はチクリと痛む。
あたしの数ヶ月間のがんばりなんて、誰も見たいとは思っていない。
みんなが求めているの、エミリージョーンズなのだ。あたしというフィルターを通して、母の姿を見ることを待ち望んでいる。これだけの人数の人たちが。
その現実が胸に痛く、今舞台に立っている二人にも、そしてこれから舞台に立つ千春ちゃんにも、申し訳なく思えた。
梨々花ちゃんの呟きに、地見先輩の瞳が怪しく光る。
普段よりも、ワントーン低い地見先輩の声。
その声に、口調に。梨々花ちゃんは目を丸くする。
地見先輩は梨々花ちゃんの耳元に顔を寄せると、低く甘い声で囁く。
梨々花ちゃんの頬が赤く色づき、瞳はキラキラと輝く。
大きく見開かれた瞳に、感動の涙があふれる。
明らかにお芝居ではない演出に、会場がざわついた。
だけど会場がざわつき始めても、地見先輩の演技は終らない。二人は、自分たちの世界に浸ったままだ。
まるで、あたし達の存在なんか忘れてしまったみたいに。
地見先輩が人差し指でクイッと梨々花ちゃんの顎を持ち上げる。
すっかり二人の空気に飲まれた観客たちが「おおー」と感嘆の息をもらした瞬間、梨々花ちゃんの頬がぶわりと赤く染まった。
地見先輩が再び梨々花ちゃんに顔を寄せる。梨々花ちゃんの困り果てた表情と、地見先輩の心から楽しそうな笑顔……。
いくらお芝居でも、これはやり過ぎじゃないか?
あたしが、そう思ったころ。
千春ちゃんの愛らしい声が、マイク越しに響いた。普段とは違う口調で。
突然の出来事にも、地見先輩は物怖じせず、やれやれと肩をすくめた。
千春ちゃんのセリフに、あたしは首を傾げた。
ギリギリエンジェルは最近知ったばかりだけど、キリエルに妹が居るとは知らなかった。
オリジナルの演出に、観客が再びざわめく。
そうは思っても、あたしにできることなんてない。
ギリギリエンジェルのことも、地見先輩と千春ちゃんの考えも分からないあたしには、為す術もない
その時、観客席から大きな声が聞こえた。
あたしが戸惑うのと同時に、観客もざわつく。
観客の注目を一心にあびて、今にも泣き出しそうな声と表情で紅さんは言った。
素人のあたしから見ても、紅さんのセリフは棒読みで、たどたどしい。
けれど、知らない人に囲まれて大きな声を出すのは、とても勇気がいることだ。
あたしの心に、紅さんへの感謝が湧き上がり始めた時。地見先輩が、いつもの明るい声で言った。


















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。