文化祭から数ヶ月後。
地見先輩は、卒業していった。
そして、あたし達は3年生になった。
お弁当箱の中身をパクパクと口に放りこみながら、梨々花ちゃんは言った。
千春ちゃんは慌てて梨々花ちゃんを止めたけれど。その言葉に気づいた人は、居ないようだ。
お昼休憩の喧騒に、梨々花ちゃんの言葉はかき消されてしまったようだ。
以前よりは少しだけ、色恋に詳しくなったつもりだったけれど。
あたしの鈍さは、相変わらずらしい。
恥ずかしげに髪をかき上げる千春ちゃん。桜色に染まる頬は、すっかり恋する乙女の表情だ。
2人の視線は、あたしのカバンへと向けられている。
2人に見送られ、あたしはカバンを持って教室を出た。
向かうのは部室の家庭科室……ではなく、隣の準備室。
ミシンや調理器具の置かれた、倉庫のような部屋。
3年生に進級してから毎日、あたしはこの部屋に通っている。
軽く身だしなみを整えて、あたしは準備室の扉を開いた。
読んでいた文庫本を閉じて、夏目さんは柔らかく微笑んだ。
カバンから取り出したのは、大きなお弁当箱。料理の勉強のために、夏目さんに味見をしてもらっている。
……というのは、建前で。
毎日、あたしは夏目さんと過ごしている。この準備室で。
卒業式の光景を思い出したのか、夏目さんは目を細めて苦笑する。
地見先輩たちの卒業式。答辞をつとめたのは、安東先輩だった。
卒業生達への祝辞の言葉、そして先生方への感謝の言葉を粛々と述べていった。
誰もが、このまま終了すると思った瞬間。安東先輩は唐突に、こんな事を言った。
「訂正」という言葉に、場内の空気はピンと張り詰めた。
訂正とは、間違いを正すもの。
盛り上がったとはいえ、あのアドリブはやり過ぎだったのだろうか……?
安東先輩の突然の告白に、静まり返った場内の空気が一気に弾け、お祭り騒ぎとなった。
卒業式での告白というのも、もちろんあった。けれど、それは大きな意味を持っていた。
ほんの一握りの人だけだが、地見先輩と梨々花ちゃんの関係を怪しむものが居た。
あれは演技ではなく、本当の告白ではないか、と……。
安東先輩の告白は叶い、地見先輩と交際することになった。そして、梨々花ちゃんへの疑惑も無事に晴れた。
まあ、当事者の一人である梨々花ちゃんは、さほど気にしていなかったみたいだけれど……。
夏目さんの声は、とても澄んでいて。
あたしを見つめる目は、真っ直ぐだった。
あたしが好きな人は、学校の教師。
あたしが好きな人は、あたしが卒業しても学校に残る。
だからあたしは、誰にも言えない。
知られても、疑われても。
夏目さんを好きだと想う、この気持ちを。
口を塞いで、心にフタをして。
秘めて、閉じ込める。
この気持ちが外へ溢れ出てしまわないように。
そう、たずねる前に──
その口は、塞がれた。
細くて熱い、指先に。



















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。