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第113話

最終話「生徒ではなく、教師でもなく」
339
2023/04/04 13:05
 文化祭から数ヶ月後。

 地見先輩は、卒業していった。
 そして、あたし達は3年生になった。
桐山 梨々花
桐山 梨々花
あーあ。やっぱ、寂しいな~
桐山 梨々花
桐山 梨々花
地見先輩が居ないと
 お弁当箱の中身をパクパクと口に放りこみながら、梨々花ちゃんは言った。
桜木 千春
桜木 千春
そうだね……
桜木 千春
桜木 千春
でも、いい事もあったよ?
桜木 千春
桜木 千春
今年は、3人一緒のクラスになれたし
桐山 梨々花
桐山 梨々花
ふふっ
桐山 梨々花
桐山 梨々花
千春は、それだけじゃないじゃ〜ん
桐山 梨々花
桐山 梨々花
よかったね? 須藤も同じクラスで
桜木 千春
桜木 千春
ちょ、ちょっと、梨々花! 声が大きい!
 千春ちゃんは慌てて梨々花ちゃんを止めたけれど。その言葉に気づいた人は、居ないようだ。

 お昼休憩の喧騒に、梨々花ちゃんの言葉はかき消されてしまったようだ。
小田原 キララ
小田原 キララ
え! 千春ちゃんって……
小田原 キララ
小田原 キララ
そうなの!?
 以前よりは少しだけ、色恋に詳しくなったつもりだったけれど。

 あたしの鈍さは、相変わらずらしい。
桜木 千春
桜木 千春
う、うん……
 恥ずかしげに髪をかき上げる千春ちゃん。桜色に染まる頬は、すっかり恋する乙女の表情だ。
小田原 キララ
小田原 キララ
あたし、応援するね!
桐山 梨々花
桐山 梨々花
今、気づいたばっかりなのに〜?
桜木 千春
桜木 千春
それよりも、キララちゃん!
桜木 千春
桜木 千春
時間、大丈夫なの?
桐山 梨々花
桐山 梨々花
そうそう。早く行かないと、お昼休み終わっちゃうよ〜?
 2人の視線は、あたしのカバンへと向けられている。
小田原 キララ
小田原 キララ
あ、そうだった!
小田原 キララ
小田原 キララ
……行ってくるね?
桜木 千春
桜木 千春
うん。待ってるね
桐山 梨々花
桐山 梨々花
いーよ、いーよ。たまには、ゆっくりしておいで?
桐山 梨々花
桐山 梨々花
部活動ってことにしておいてあげるからさ〜
小田原 キララ
小田原 キララ
も、もう!
小田原 キララ
小田原 キララ
梨々花ちゃんは……!
 2人に見送られ、あたしはカバンを持って教室を出た。

 向かうのは部室の家庭科室……ではなく、隣の準備室。

 ミシンや調理器具の置かれた、倉庫のような部屋。

 3年生に進級してから毎日、あたしはこの部屋に通っている。
小田原 キララ
小田原 キララ
(ゆっくりなんて……)
小田原 キララ
小田原 キララ
(出来るわけないのに)
 軽く身だしなみを整えて、あたしは準備室の扉を開いた。
小田原 キララ
小田原 キララ
お待たせしました
夏目 海成
夏目 海成
いいよ、今来たところ
 読んでいた文庫本を閉じて、夏目さんは柔らかく微笑んだ。
夏目 海成
夏目 海成
悪いね、毎日
小田原 キララ
小田原 キララ
そんなことないです!
小田原 キララ
小田原 キララ
好きでやってるだけなんで……
 カバンから取り出したのは、大きなお弁当箱。料理の勉強のために、夏目さんに味見をしてもらっている。

 ……というのは、建前で。

 毎日、あたしは夏目さんと過ごしている。この準備室で。
小田原 キララ
小田原 キララ
あの、やっぱり!
小田原 キララ
小田原 キララ
寂しい……ですよね? 地見先輩が卒業して
夏目 海成
夏目 海成
そうだね
夏目 海成
夏目 海成
色々と聞いておきたいこともあったよ。新しい演劇部の顧問としては……
小田原 キララ
小田原 キララ
演劇部といえば!
小田原 キララ
小田原 キララ
すごかったですね? 地見先輩の……
夏目 海成
夏目 海成
ああ、あれか……
夏目 海成
夏目 海成
あれには、俺も驚いたよ
 卒業式の光景を思い出したのか、夏目さんは目を細めて苦笑する。


 地見先輩たちの卒業式。答辞をつとめたのは、安東先輩だった。

 卒業生達への祝辞の言葉、そして先生方への感謝の言葉を粛々と述べていった。

 誰もが、このまま終了すると思った瞬間。安東先輩は唐突に、こんな事を言った。
安東 リク
安東 リク
在校生及び、卒業生の演劇部員の皆様
安東 リク
安東 リク
文化祭での活躍、そして我が校の知名度への貢献。誠にありがとうございました
安東 リク
安東 リク
ですが、一つ訂正があります
「訂正」という言葉に、場内の空気はピンと張り詰めた。

 訂正とは、間違いを正すもの。

 盛り上がったとはいえ、あのアドリブはやり過ぎだったのだろうか……?
安東 リク
安東 リク
声優である前に、一人の女性として。地見カオリを好きなのは、自分です!
 安東先輩の突然の告白に、静まり返った場内の空気が一気に弾け、お祭り騒ぎとなった。
女子生徒
女子生徒
え、じゃあ、あの噂デマなの?
男子生徒
男子生徒
マジかよ、先越された……
 卒業式での告白というのも、もちろんあった。けれど、それは大きな意味を持っていた。

 ほんの一握りの人だけだが、地見先輩と梨々花ちゃんの関係を怪しむものが居た。

 あれは演技ではなく、本当の告白ではないか、と……。


小田原 キララ
小田原 キララ
すごいですよね
小田原 キララ
小田原 キララ
みんなの前で、あんなに堂々と告白できるなんて……
 安東先輩の告白は叶い、地見先輩と交際することになった。そして、梨々花ちゃんへの疑惑も無事に晴れた。

 まあ、当事者の一人である梨々花ちゃんは、さほど気にしていなかったみたいだけれど……。
夏目 海成
夏目 海成
小田原も言ってほしいの?
夏目 海成
夏目 海成
みんなの前で
小田原 キララ
小田原 キララ
え……
 夏目さんの声は、とても澄んでいて。

 あたしを見つめる目は、真っ直ぐだった。
小田原 キララ
小田原 キララ
あ、あたしは……!
小田原 キララ
小田原 キララ
(……そんなの)
小田原 キララ
小田原 キララ
(無理に決まってる)
 あたしが好きな人は、学校の教師夏目先生

 あたしが好きな人は、あたしが卒業しても学校に残る。

 だからあたしは、誰にも言えない。

 知られても、疑われても。

 夏目さんを好きだと想う、この気持ちを。
小田原 キララ
小田原 キララ
言いたいけど……
小田原 キララ
小田原 キララ
……言えない……
 口を塞いで、心にフタをして。

 秘めて、閉じ込める。

 この気持ちが外へ溢れ出てしまわないように。
夏目 海成
夏目 海成
……わかった
夏目 海成
夏目 海成
だけど、その時がきたら
夏目 海成
夏目 海成
俺の方からも、伝えていい?
小田原 キララ
小田原 キララ
なにを?


そう、たずねる前に──

その口は、塞がれた。

細くて熱い、指先に。

夏目 海成
夏目 海成
君を想う、この気持ちの全てを。いつか
夏目 海成
夏目 海成
教師としてではなく……

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