拓に手招きされ、1つの病室に入った。その病室は個室でベッドの上に1人の女の人が眠っていた。ベッドの上の名前プレートには、『風峰 麗華』と書かれている。
風峰...?もしかして...
拓の言葉に驚きを隠せない。
どういう言葉をかければいいのか分からず、ただ黙っていると、拓が口を開く。
拓のその説明に言葉を失った。「記憶が混濁」。それは、自分達との記憶を覚えていない時があると理解してしまったから。
そう言う拓の顔は泣きそうだった。
何も言わずに拓の頭を撫でる。撫でようとは思っていなかったが、拓が暗い闇の中にいる独りぼっちの子供のように見えて、無意識のうちに撫でていた。
今にも泣きそうな声で言葉を紡いでいく。
拓の目から一筋の涙が溢れた。それでも気にせず話を続けている。
耐えきれず座り込む拓の背中を撫でながら、拓のお母さんに話しかけた。
拓のお母さんは動かない。でも、ちゃんと聞いてくれている気がして、伝えたいと思ったことを口にする。
頭を下げた時、ピクッと手が動いた気がした。
勢いよく立ち上がり、ベッドの側まで拓は行く。目を瞑っている状態だが、口が少し動いていた。
その後、再び口を開くことはなく眠っていたが、聞こえてきた声は温かく何もかもを包み込んでくれるような声だった。
帰り道で拓から言われた言葉。お礼を言われるようなことはしていないので、疑問をぶつける。
顔を逸らさずに拓の目を見つめる。
俺が差し出した手をなんの戸惑いもなく掴み返す、拓と一緒に家に帰った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!