岸くんを好きになって数週間が経った。
あれから岸くんに自分という存在を覚えてもらうために毎日のようにカフェを通った。
最初はただ普通の客として接していたけれど、常連となれば岸くんも俺を覚えてくれて接客の間に会話をする仲になった。
そして俺の努力が報われ、岸くんの連絡先をゲットすることができた。
毎日できるわけではないけれど、それでも岸くんの生活に俺という存在がいるって思うと嬉しくて仕方がない。
そして今日は俺が夢にまで見た岸くんとデートの日!!
今までの人生で1番緊張して1番楽しみにしている。
浮かれすぎて秘書さんから注意され、企業さんからはなにかいいことがあったのかと聞かれた。
浮かれに浮かれきったけれど仕事は仕事。
ちゃんとやることはやる。
秘書さんはそれを分かっているから注意だけで済ませてくれた。本当ならめちゃくちゃ怒られてもおかしくない。
でも、今日は仕事のことは忘れられる!
1日岸くんと一緒の時間を満喫するぞ!!
岸くんとデートできなかったのは少し残念だけど、岸くんの家にいけるし、家族に会えるなんて嬉しすぎる!!
岸くんに良い印象をもってもらえるように頑張るぞ!
汚いというか·····ボロくない?
え、ここに住んでるの?この古い感じのアパートに?いや、失礼なことだけどさ、それでもえ?ってなるよ?
てか玄関も狭いな·····。
俺の家がデカすぎるのもあるかもしれないけどこんなにも狭い玄関は初めてだよ。
·····あれ?靴少なくない?
岸くんの靴と小さい靴が2つだから、弟さんと妹さんのなのは分かったけど親の靴は?仕事だから無いのか?
岸くんが隣の部屋に行ったのを確認してから俺が今いる部屋をぐるっと見渡した。
うん、ボロい。
汚いと言っていたけれど物が散らかっているとか、掃除していないとかでは無さそうだ。
むしろ、ちゃんと掃除もされているし綺麗な部屋だ。
ただボロい。このアパートがボロい。そして狭い。
本当にここに家族で住んでいるのか疑ってくるレベルだ。
3人?
·····どういう事だ?
知らないってそんなことあるはずない。
岸くんの家系はどうなっているんだ?
そんなことがあったのか·····。
仏壇が無かったから気づかなかったけど、たしかに言われてみればそうかもしれない。この部屋にあるのはすべて3人分のものだけ。冷蔵庫を見させてもらった時も最低限の食材しかなかった。
全部3人で賄える物しかここにはない·····。
思っていた以上の辛い記憶。
俺もお父さんと言える人はいないけれど、お母さんと秘書さんがいたから寂しい思いはしなかった。
けれど、岸くんはどうだろう?
自分の誕生日に大切な人が2人同時に無くした。
幼い兄弟を養うために毎日バイトをして生活を安定させている。
昔も今もずっと辛い生活を送っているのだろう。
ぎゅっと抱きしめた岸くんの体はとても細かった。近くで顔を見れば薄らと隈がある。ずっと1人で頑張ってきたんだろう。兄弟たちに寂しい思いをさせないために強く生きるために。必死だったんだろう。
ぐすっと鼻を啜る音に気付かないふりをして俺は岸くんの丸い頭を撫でる。
まだ昼前だけれど早いお昼寝をしてもいいかな、なんて思ってしまう。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。