俺たちは人混みに紛れて歩き出す。
あえて手は繋がない。彼女は俺の近くにピッタリくっついて歩いてくる。
沢山の屋台が並ぶ通りを人の波に沿って歩いていく。
彼女は特にあれが欲しい、これが欲しいとは言わない。俺が欲しいものを買って、それを俺が食べながらおしゃべりするだけだ。
とは言え、俺も緊張してあまり腹は減らないのだが。
緊張と暑さで喉がかわいたので、かき氷を買いに行かせてもらった。
彼女はピッタリとくっついて来たが、俺は至って普通に一人分のかき氷を頼んだ。
これも俺たちのいつもの行動。
屋台のおじさんは、俺たちを見て少し間を置いてから「一つだね」と指を立てて繰り返し、かき氷を作り始めた。
カップから溢れそうな程の氷にたっぷりとシロップがかかる。
それにスプーンの付いたストローを2つさす。
「あいよ。兄ちゃん、金欠かい?多めにしといたから彼女さんと2人で食いな」
俺たちは驚いた。
控えめに「ありがとうございます」と言って、多めのかき氷を受け取る。
と、それまでにこやかだったおじさんが少し眉をひそめて小声で俺たちに言葉を続けた。
「なあ、彼女さんの浴衣、合わせが逆になってるぞ。浴衣は右前、着てる人の正面に立って右側が前だ。左前は死装束だから縁起いいもんでもないし、直すなら手伝ってやんな」
俺はどうしようか迷って言葉が続けられなかったが、彼女が「お気遣いありがとうございます。でも、これでいいんです」と言ったことにより、この話題はおしまいになった。
おじさんは「そうかい」と不思議そうな顔をしたけれど、「楽しんでな」と送り出してくれた。
「これでいい」と言った彼女の顔はどこか悲しそうだった。
「あー、かき氷食べる?」
かき氷を食べながら少し歩いてから、小声で一応聞いてみる。
「ううん。サービスしてもらって悪いけど、大丈夫」
「そっか……そうだよな」
俺は、またかき氷を1口自分の口へ運んだ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。