そう促されるまま脱衣場に着替えを持って足を踏み入れる。
部屋の片隅に立てかけられた虫取り網をみて、ふっと笑いを漏らす。
僕がいなくなってから、ヒョンの天敵をこうやって一人で退治しようとしてるんだと思うと、
愛らしくて胸がきゅうっとなる。
少なくとも、僕以外の誰かに頼ってるということはないんだろうか。
ヨンボギヒョンと定期的に連絡を取って、何か実家やリノヒョンに変わったことがないかは聞いていて、
この家に足を踏み入れて猫以外変わったところはなくて、正直少し安心した。
でも、久しぶりに会ったヒョンは、綺麗なままで、その魅力がどんどん増してきているような気がして、
会ったら会ったで気が気じゃなくなってしまった。
そう電話口で何度もヨンボギヒョンに呆れられた。
ヒョンの性格は僕も嫌と言うほど分かってる。
そして、あの人の愛情深さも。
何やかんや僕やイエナを受け入れてしまったように、
ふと誰かに攫われてしまわないか、それが心配なんだ。
そう台所に立って、手を拭いてるヒョンの後ろに立つと、ヒョンの香りがする。
それに誘われるように、頭部に鼻を寄せると、身を捩られる。
離れたくなくて、ヒョンのお腹に両手を回す。
ヒョンは身動きが取れなくて、僕の腕の中で少し焦っている。
両手に力を込めて、ヒョンの頭皮に鼻先を埋める。
シャンプーと汗が混ざったヒョンの香りに頭がくらくらする。
そうだよね、だからヒョンが惹かれたんだよね。
だから僕も、ヒョンに見合う男に、ヒョンが魅力的だと思ってくれる男になるために、僕は今必死にもがいてる最中だ。
でも、それには道のりが長くて途方に暮れそうになる。
大学は国立、生活費もなるべくかからないように、他の生徒が嫌がるくらいのボロな寮で、夕飯込みでお世話になっているものの、
やっぱり生活してるとそれなりのお金はかかる。
奨学金やバイトで賄ってるが、引越し代金や寮代などはヒョンが負担してくれてる。
だから、そんなお祝いなどはいらないと伝えたのだが、
いまさら欲しいと言う僕に、ヒョンが戸惑う。
ヒョンが大きな目をさらに大きく見開く。
直後に呆れたようにため息をついた。
自分でも、昔言った言葉を覆すなんてかっこ悪いことは自覚している。
でもダメだ。
離れてるだけで、こんなに不安になるとは思わなかった。
ヒョンがチャニヒョンと付き合ってるときも苦しい思いなんて何度もしてきた。
ヒョンが少しおしゃれして出掛けていくたびに、胸が締め付けられる思いをした。
それでも、まだ近くにいて自分の目で確かめられただけマシだった。
全部だよ。
だって僕は意識がはっきりしてから、ずっとヒョンに恋してきた。
そりゃ、幼い頃にヒョンに意地悪された時はこの野郎って思ったし、
反抗期でしょうもないことで突っかかったことも数え切れないくらいあったけど、
それでもヒョンが大好きで、恋愛が何かを自覚する前から、ヒョンのことが好きだった。
ヒョンのお腹に回していた片手を、すっとTシャツの中に滑り込ませると、ヒョンが慌てる。
ジタバタされて、振り解かれそうな腕に、ありったけの力を込める。
言葉の意味が理解できなくて、埋めていたヒョンの頭部から顔を離すと、
ヒョンの耳が真っ赤になっているのに気付く。
こんなところで、色々されたら、普段一人で暮らしてても僕としたことを思い出しちゃうかもしれない、ってこと?
この人はもう少し男心を学んだほうがいいような気がする。
むしろ、そんなことを言ったら煽るだけだ。
一応了承はもらったということなんだろうか。
悶々としたまま皿洗いをしてたら、危うく皿を2枚ほど割りかけて、焦った。














編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。