ゼェゼェと息を切らしながらも、何とか校門前で今にも車に乗り込みそうだったルーピン先生──もう先生じゃないけど──に声をかける。
それだけで、彼は車のドアから手を離し、僕の方をまっすぐ見た。
胸の奥にため込んでいた空気を、ゆっくりと吸い込む。
僕の中の"彼女"は、先生と同い年だと言った。もしそれが正しいなら……"彼女"は、僕らのひと世代上の人物だ。
──それも、実在した人物。
なぜそんな存在が僕の中に?そもそも、『僕の中』という表現すら正しいのか?"彼女"は僕の出自と関係があるのか?
ルーピン先生は、多分、その答えを全て知っている。
先生は少し目を細めて、僕のことをじっと見つめている。
何かを思い出すように。何かを慈しむように。
こんなに走ってきたのに……!!
しかし、契約の重さを否定する術はない。破れば命すら奪うものすらあるのだ。
ルーピン先生は、僕から目をそらすことはしなかった。そこに、ためらいとも諦めともつかない色が混じる。
その目がほんの一瞬だけ、あの日の光景を呼び起こす。
──授業中。ボガートが僕の前に現れたとき。
小さな女の子。目は涙で濡れ、唇は震えていて、それでも確かに叫んだ。
あの声で足が動かなくなり、杖すら握り直せなかった僕を、彼が引き寄せ、前に立った。
ボガートは煙のように掻き消え、教室にはざわめきだけが残った。
あれ以来、彼は何も聞かなかった。
たぶん──聞かない方がいいと、判断してくれたのだろう。
彼はあの言葉の意味を知らない。日本語たから。異国語だから。あの少女が発したあの叫び声は、僕にしか伝わらなかった。
彼は笑った。
きっとそれには、触れられない何かが隠れている。
僕もそれを深く追いかける気はなかった。
ルーピン先生が車に乗り込み、ゆっくりと門を抜けていく。
僕は車が見えなくなるまで立ち尽くしてから、深く息を吐いた。
──また会う。
その言葉だけが、静かに胸の底に沈んでいった。













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。