バスは橋を渡って水路を越えると、大鳥居の中を潜り抜けた。美術館や動物園の横を通り過ぎ、「次は『南禅寺・永観堂道』」というアナウンスが流れると、私は降車ボタンを押した。バスが停まってから座席から立ち上がり、料金箱にお金を入れて、外に出る。
再びガイドブックを取り出し、地図を広げて方向を確認する。どうやら、目の前の道を右に曲がり、更に山側へと向かえばいいようだ。
住宅街の間をしばらく歩いて行くと、永観堂という寺が見えて来た。立派な総門を目にし、どんな寺なのか中が気になったが、今はとりあえず通り過ぎ『哲学の道』を目指す。
永観堂の塀の端を右に曲がり、古い民家の多い緩やかな坂道を上り切ると、目の前に樹木に囲まれた遊歩道――『哲学の道』が現れた。
突然、空気が変わったかのように清涼な風が吹き抜け、私の髪を巻き上げた。
遊歩道を覆うように、青々とした葉桜が生い茂っている。やはりこの時期に花は咲いていなかったが、この本数の桜が一斉に咲けば、その光景はさぞや壮観だろうと思われた。
小川には澄んだ水が流れていて、鴨が優雅に泳いでいる。
この小川は、琵琶湖疏水の分線なのだそうだ。『哲学の道』は琵琶湖疏水が建設された時に設けられた管理用道路だったらしい。京都大学の教授だった哲学者の西田幾多郎が思索をしながら散策をしたという話が有名で、『哲学の小径』などと呼ばれるようになった。距離は約一・五キロあり、熊野若王子神社から、銀閣寺付近まで続いているのだそうだ。
こんな小道なら、ぼんやりと考えごとをするのにぴったりだ。
今日は天気も良く、気温も心地いい。絶好の散策日和だと思いながら歩いていると、小さな橋に差しかかった。橋の向こう側に視線を向けると、一対の燈籠が建っていて「狛ねずみの社 大豊神社」という文字とネズミの絵が描かれた絵馬が置かれていた。
神社に狛犬はお馴染みだが、狛ねずみは聞いたことがない。
私は興味を引かれて橋を渡ると、石畳の道を進んだ。
少し歩くと狛犬がいて、更に細くなった石畳の参道の先に鳥居が見えた。どうやらここが狛ねずみの神社のようだ。
手前の手水舎で手と口を清め、鳥居に向かうと、そばに『大豊神社』と書かれた石碑が建っていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。