第3話

焦燥の正体は?
278
2026/01/17 15:14 更新





(……何故だ)







執務室に向かう廊下で、芥川龍之介は激しい苛立ちと共に、前方を歩くあなたの背中を睨んでいた




あなたは先程から、すれ違う構成員一人ひとりに丁寧な挨拶を交わし、時には足を止めて談笑すらしている。










(……何故、僕だけを、避ける)










あなたが、すぐ後ろに僕がいることに気づいていないはずがない




以前なら、どれだけ離れた場所からでも僕の気配を察知し、駆け寄ってきたはずだ




犬のように尾を振り、僕の一瞥すら「ご褒美」であるかのように受け取っていた、あの煩わしさ







それが、今のあなたは僕の存在など知らないかのように、





例えればそう、「空気」であるかのように、一度も振り返ることなく歩き続けている











あなた
…あ、中也さん!お疲れ様です




ラウンジに差し掛かったところで、あなたが声を弾ませた




そこには、任務帰りらしい彼が立っている



中原中也
おー、あなたじゃねぇか


中原中也
すまん今ちょっと時間あるか?
前の報告書の件についてなんだが…





大丈夫ですよ、と答えるあなた





芥川にはその会話は聞こえない、距離が遠すぎる


けれど、会話をする二人の距離が縮まるのを見て、苛立ちを感じた









(…苛立ち?)








あなたが誰と仲良くしていたって、僕には関係のないはずだろう、と


自身の気持ちを否定する


奴に気持ちを乱されるなんてことは、あってはならない









(……違う、違う…………そうだ、僕はただ、組織の規律が乱れるのが不愉快なだけだ)




(あのような軟弱な馴れ合い、ポートマフィアには不要)





己の胸を突くこの衝動を、彼は必死に「規律への懸念」という言葉ですり替える





決して、自分に向けられていた熱が他所へ移ったことへの「嫉妬」などではない





そう自分に言い聞かせ、自尊心を保とうとした、その時









あなたの手が、脇に抱えていた小さな紙袋へと伸びた



その袋を、あなたは躊躇なく中也へと差し出す








(……なっ……!?)










あれに見覚えがある





あの日、あの時、僕が「いらぬ」と断じた、あのイチジクの菓子だ






中也が驚いたようにそれを受け取り、袋の中身を確認して、何かをあなたに問いかける






それに対するあなたの答えは、風に乗って、ほんの一欠片だけ芥川の耳に届いた。
































あなた
────もう、あの方には不要なものですから











あの方




それが誰を指しているのか、芥川が分からないはずもなかった。











(不要……だと?)










「あの方には不要なもの」という言葉が、





芥川の心臓を、冷たく、冷え込ませた










確かに、僕は言った




菓子も、僕へ向ける好意も、僕の道には必要ないと。




そんなものに構っている暇はない。五月蠅い、と。





自分の言葉に嘘はない。




あんなものは、僕の強さには何の役にも立たないはずなのだ。

















だというのに、何故だ。






















(……何故、これほどまでに、胸の奥が騒ぐ)
















中也に菓子を渡し、屈託なく笑うあなた






その笑顔を見るたびに、肺の奥が焼け付くように熱くなり、呼吸が浅くなる















芥川は、自分の中で渦巻くこの「焦燥」の正体が分からなかった





それが「恋」だとも、自分が彼女に「甘えていた」のだとも、今の彼には到底理解できない





ただ、当然のように自分を照らしていた光が消え失せ、あとに残された「静寂」が、耐え難いほどに寒い





それだけが、今の彼にとっての唯一の真実だった。













あなたが一度も振り返ることなく角を曲がった後、芥川はようやく影から姿を現した。




肺が焼ける




激しい咳が一つ、廊下に虚しく響いた

















プリ小説オーディオドラマ