首を鳴らしながら廊下を歩いていると、前方から見慣れた姿がやってくるのが見えた
あなただ
いつも芥川の後ろを、健気について回っていた姿が印象に残っていたが…今は一人のようだ
俺が呼び止めると、お前は足を止め、手に持っていた小さな紙袋を机の端に置いた
「はい、大丈夫ですよ」と応じるお前の態度は、いつも通り真面目だ
だが、何かが違う
前は俺と話していても、意識の半分が「芥川」の方へ向いているような…
あの感じがない
仕事の話をひと通り終え、書類をまとめるお前の手元に視線を落とすと、先程目にした紙袋がある
俺が何気なく尋ねる
その声があまりに平坦で、俺は思わずあなたの顔を覗き込んだ
お前はふっと、他人事のように微笑んだ
それは、執着という呪いから解き放たれたような、残酷なまでに綺麗な笑顔だった
そう言って歩き出したお前は、一度も、ただの一度も後ろを振り返らなかった
壁の影に、黒い外套の裾がちらりと見えたのは、俺の気のせいじゃねぇ
お前の隣を歩きながら、俺はわざと後ろの「壁」に向けて聞こえるように呟いた
あんなに自分を慕っていた奴に、あんな顔をさせて……
俺たちが角を曲がって見えなくなったその瞬間
背後から、必死に押し殺したような、けれど激しい咳き込みが廊下に響いた
あなたはその音を聞いても、眉一つ動かさずに前を見据えたまま歩き続けている。
(……救えねぇな、芥川)
俺は手元に残されたイチジクの袋を少しだけ強く握り、あなたと共に執務室へと向かった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。