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第4話

中也side
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2026/01/17 15:39 更新




中原中也
…ったく。任務明けの報告書ってのは、いつまで経っても慣れねぇな




首を鳴らしながら廊下を歩いていると、前方から見慣れた姿がやってくるのが見えた



あなただ



いつも芥川の後ろを、健気について回っていた姿が印象に残っていたが…今は一人のようだ





あなた
…あ、中也さん!お疲れ様です


中原中也
おー、あなたじゃねぇか。すまん、ちょっと今時間あるか? 
前の報告書の件についてなんだが……



俺が呼び止めると、お前は足を止め、手に持っていた小さな紙袋を机の端に置いた



「はい、大丈夫ですよ」と応じるお前の態度は、いつも通り真面目だ










だが、何かが違う




前は俺と話していても、意識の半分が「芥川」の方へ向いているような…




あの感じがない










中原中也
……そういや、その菓子、芥川にやるのか?




仕事の話をひと通り終え、書類をまとめるお前の手元に視線を落とすと、先程目にした紙袋がある




俺が何気なく尋ねる




あなた
いえ……中也さん、良かったらいりませんか?




中原中也
あ? いいのかよ
あいつのために買ったんじゃねぇの?



あなた
もう、あの方には不要なものですから



その声があまりに平坦で、俺は思わずあなたの顔を覗き込んだ


中原中也
不要? 芥川がそんなこと言ったのか?


あなた
……あの方の歩む道に、私の好意は微塵も必要ないそうです
あなた
だから、もういいんです! わざわざ家にとっておく理由もなくなっちゃいましたし
あなた
これ以上芥川さんに付きまとうのはやめます


中原中也
……本気か?


お前はふっと、他人事のように微笑んだ


それは、執着という呪いから解き放たれたような、残酷なまでに綺麗な笑顔だった


あなた
せっかくのイチジク、無駄にするよりは、中也さんに食べていただける方がずっと嬉しいです!
あなた
中也さん、遠慮なくどうぞ。
あ、これ、冷やして食べるともっと美味しいですよ
中原中也
お、おう……有り難うな
あなた
じゃあ、行きましょうか、中也さん。続きの資料、私のデスクの方にありますから




そう言って歩き出したお前は、一度も、ただの一度も後ろを振り返らなかった





壁の影に、黒い外套の裾がちらりと見えたのは、俺の気のせいじゃねぇ





中原中也
…やれやれ。あいつも馬鹿なことをしたな








お前の隣を歩きながら、俺はわざと後ろの「壁」に向けて聞こえるように呟いた




あんなに自分を慕っていた奴に、あんな顔をさせて……





















俺たちが角を曲がって見えなくなったその瞬間





背後から、必死に押し殺したような、けれど激しい咳き込みが廊下に響いた






あなたはその音を聞いても、眉一つ動かさずに前を見据えたまま歩き続けている。











(……救えねぇな、芥川)









俺は手元に残されたイチジクの袋を少しだけ強く握り、あなたと共に執務室へと向かった。












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