次の日も、また次の日も…
彼が私の前に姿を表す事は無くて。
私は一人での過ごし方も忘れ、ただただ、泣くだけの毎日。
世界が、空っぽで色褪せたように私の目に映る。
***
(─もう、リヴァイさんに会う事は無いのかな…)
窓辺に飾られたジャーマンアイリスの花びらが全て落ち、そんな事を思うくらいに長い日が過ぎた。
もうじき退院で、どちらにせよ別れの時期は近付いていたのだけれど…。
胸にポッカリと空いたような穴は、隠しきれないほど大きかった。
「ペトラ、前に来た時よりも元気が無いみたいだけど… 大丈夫なの?」
退院に備えて前より頻繁に両親が訪れるようになったのだけれど、あの後会った母親からはそんな事を言われてしまった。
今までは心配かけまいと両親の前では必死に堪えていた涙も、この日はもう隠す事が出来なくて。
突然泣き出した私に両親は驚いていたけれど、お母さんは黙って私を抱き締めると、ずっと背中をさすってくれた。
それでも涙は全く止まってくれなくて、私はまるで子供のように声を上げて泣き続ける。
もう全て、この気持ちまで吐き出してしまいたかった。
暫くしてようやく落ち着いた私は、リヴァイさんに酷い事を言ってしまったのだという事を両親に話した。
「…そのリヴァイさんというのは、前にお前が言っていた、どういう関係かも分からないのに世話を焼いてくれるという人かい?」
それを聞いて、ずっと黙っていたお父さんが口を開く。
「うん… 何度聞いても、どんな関係だったのか教えてくれないままで…。」
「父さん達もあの人には見覚えが無いんだ…。それなのに、そんな人がそこまでお前に構うというのは少し変だよ。
もしかしたら、何か裏に意図があっての事かもしれないし…。だからもう、あの人には関わらない方が─」
「そんなことない!!」
自分でも驚くくらいに大きな声で、私の口からそんな言葉が出ていた。
唖然とする両親の視線から逃れるように、私は俯く。
「し、しかしだね… 父さんとしては、お前が心配なんだよ。
お前が弄ばれているんじゃないかとか、後で何か言ってくるんじゃないかとか─…」
そこまで聞いて、私はふとある事に気付いた。
「…ねえ、お父さん。お父さん達って、リヴァイさんと会った事あったっけ…?」
「え? いや、話した事は無いんだが…
最近よくこの病室のドアの近くに、腕組みして寄り掛かっているのを見かけるからね。
病院の人でもなさそうだし、きっとあの人がそうなんだろう?」
「最近…?」
「ああ。さっきだって、私達が来る前までいたよ。」
その言葉を聞いた私は、暫く動く事が出来なかった。
だけどハッと我に返ると、両親が止めるのも聞かず、ベッドから裸足のまま飛び出した。
足取りがおぼつかないのをじれったく感じながらも、急いでドアの外へと向かう。
そして勢いよくドアを開けたが─ …
当然、彼の姿はもう無かった。
廊下を歩いていた看護師が顔をしかめて通り過ぎていったけれど、私はそんな事気にもならなかった。
リヴァイさんは今まで通り、私のお見舞いに来てくれていたのだ。
だけど気まずさからか、私を気遣ってか… 私に顔を見せていく事は無かった。
私が心寂しさに一人泣いていた時、彼はドアの向こうでどんな顔をしていたのだろう。
願うなら、もう一度会ってあの時の事を謝りたいと思っていた。
もう一度、ちゃんとお礼を言いたいと思っていた。
だから─
待っていれば、明日もまた…
例えドアの向こうだとしても、彼は来てくれるだろうか。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!