手形事件から一日経ち、落ち着いた山田は、緊張する体を引き摺りながらも球場にやってきた。
今日は変装をした上で電車に乗ったが、今日あの車を持って帰れるのかと聞かれても曖昧だ。
音だけ出したのだとしても、あまりに不自然で、やる意味のない事だ。
まぁ、ファンの行き過ぎた者達はやる意味のない事でも、一生懸命やるものだが。
ロッカールームに入って、仲間と軽く談笑しながら自分のロッカーを開けた。
ガチャッ
思わず息を呑んだ。
周りにいた選手達もその気配を察したのだろう。
山田の周りに集まってきた。
肩越しにロッカーを覗いた内山は、腰を抜かしてしまった。どうやらホラーはダメだったようだ。
ロッカーにあったのは、昨日も目にした夥しい数の手形。選手達のイタズラレベルではない。
幾つもの手形がくっきりとその形を成していた。
歯を食いしばった山田は、脳のキャパを迎えたのか、頭を掻きむしってグラウンドの方へ走り去って行ってしまった。
そんな山田の姿を見て、これは球団に報告すべきだと考えた選手を中心に、山田救出作戦なるものが開始された。
結局、ミーティングの時間に間に合うよう山田を落ち着かせ、昨日手形を見た選手達にも告知し、自分の身の回りに十分気をつけるようにと注意喚起がなされた。
しかし、球団が対応に追われることになるのは、誰の目から見ても明らかなることだった。
さて、これからミーティングが始まろうというとき、広報や球団の職員がグラウンドにやってきて、何やらカメラを回し始めた。
そして、選手達が疑問にするまでもなくミーティングが始まった。
ミーティングでの監督の言葉の前に、職員は「選手達に知っておいて欲しい事がある」と前置きしつつ話し始めた。
若手選手からの拍手が上がる中、ベテランの選手は疑いを持っていた。
なぜ、幽霊騒ぎで一悶着あったところに新たな球団職員が?と。
目の前の、戸瀬と名乗った男は薄っぺらい笑みを浮かべ、その口角は上がっているのがうかがえる。
彼の胡散臭さは、ベテランに含まれる選手達には薄気味悪いものだった。
ニッコリと笑って話しかけてきた内山に応じた男は、写真頑張りますからねとにこやかに対応している。
厳しい視線に気づいてか、ベテラン勢を見て男は言った。
その言葉にもやはり、笑みで応えた。
ミーティングが終わり、全体練習に入ろうとしている時、彼らの視線は、カメラを持って村上のタオルを肩にかけて立つ戸瀬に釘付けだった。
髪をセットし直したのか、左右に分けた髪が隠れ気味だった顔を強調し、ルックスのよさが見えたのだろう。やはり若手が食いついていた。
選手達が騒ぎ立てている理由を、球団は知っている筈だ。そして、その対策に少しは追われている筈。
なのに、今このタイミングで新人を雇うだろうか。
遠目に見ながら話しているこちらに気がついたのか、戸瀬が近づいて来て言った。
青空の下、彼はタオルで額を拭うと、山田達の方へ向かって笑いかけた。
カメラを取りにベンチへ行った彼を見送りながら、選手達は顔を顰めていた____
カメラを取りに行くと見せかけて、ベンチ裏まで下がった戸瀬は、廊下を歩きながら鼻歌を歌っていた。
彼は、自陣ベンチからは真反対、、、つまりアウェー側のベンチに回ってきた。
目的は単純。
ポケットから小瓶を取り出して、百足のような蟲を1匹、ベンチへ解き放った。
ベンチ裏からそっと下ろしたその蟲は、そのままベンチの下に潜り込んで見えなくなった。
???「楽しいな笑」
???「あっ!『???』!!そっちは危ないよ!」
???「おいっ!」
???「えっ?う、あぇぁぁぁぁ!!」
あの日見た夏空は、綺麗な透明色だ。
なのに何故、こんなにも、、、濁った思い出しか出てこないのだろうか。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。