ながいながい眠りから覚めた。
ながいながい夢から戻ってきた。
そんなヒロインを抱きしめる、彼女の愛した人。
──小さな時に、私がその頃から好きだった少年と見た映画のワンシーンだ。
それにひどく感動したのか。
それとも、それが彼と初めて見た映画だったからか。
どうだったか忘れたけど、そのシーンは今もなお、頭の片隅に残っている。
そして、時々思い出しては「またあの映画見たいなあ」とか思ってる。
そんな、いつまでも忘れられない記憶を、今、ぼんやりと思い出していた。
多分、今まで思い出したものの中でも特に、鮮明に。
そして、私の顔を覗き込むように見つめる君の顔は、きっと、ずっと。
今まで見たどの顔よりも、幸せそうだ。
ずっと暗闇の中に閉じ込められるような気がした。
あの夢を見ている時は。
まるで走馬灯のように、これまでの記憶が流れた、あの電車の窓。
あそこに写っていた私は、幸せそうにその記憶達を眺めて、
泣いていた。
......嫌だ、と。
今でも耳にこびりつくその3文字は、確かに私の口から出ていた。
夢の中のようにふわふわした頭でも理解できるほど、強く、発していた。
何が嫌だったのかは......、大好きなあいつの名前が思い出せないままだったこと。
このまま、忘れたまま、あいつの前から姿を消してしまう気がして。
それがこわくて。
そう思ってしまった自分がこわくて。
気づけば涙がこぼれていた。
枯れかけの花に水をやるように
涙が、無くしかけていた感情を、記憶を
鮮明によみがえらせた、ような。
そんな気がした。
もちろん、あいつのことも。
──そこまで思い出した私は、3文字を呟いていた。
そして、目の前のあいつの瞳が濡れていることに気づいて、もう一度呼んだ。
ずっと前、毎日のように見ていたふにゃっとした笑顔で、彼は同じように返す。
その後、まるであの映画のように強く抱きしめられた。
あのヒロインの気持ちが、少し分かった気がした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!