第23話

❋ 夜空の花 ❋
35
2021/06/03 14:54
 父親が死んだのは、突然の事だった。

悲しかったって言うより、ただただ衝撃を食

らった。だからだろうか。私は、白い布が被

せられた父のいる病室でしか、泣かなかっ

た。

不謹慎、なんて思われたんだろうと、時々考

えるけど。でも、泣きたくても涙が出なかっ

たのだから、許して貰えるよね。


それでも。

私は誰よりも、父が…、パパの事が大好きだ

と言う自信がある。


大野茉月、16歳。高校生。

皆は「親マジウザいわ」とか言ってるけど、

私はあんまりそう感じた事は無い。

なんでかはよく分からない。

・・・普通じゃ無いから。

刹那にそんな言葉が頭をよぎる。

まぁ、自分でも、ちょっと納得出来てしまう

気がする。でも、その“普通”とズレているの

は、私では無い。と思う。

普通じゃ無いのは、病気の父、それから…。

片足の無い、妹だ。



「茉月、おいで。」

あれは、私が8歳の秋。

父の呼ぶ声に、すぐにベランダへと向かう。

まだ夜の9時前だったけど、幼い妹と、妹を

寝かせるために、母はすでに寝てしまってい

た。

「わぁ!星が綺麗!」

「そうだろう。今日は天気が良いんだ。」

父の趣味は、星の観察だった。ベランダから

見る時はいつもお気に入りの望遠鏡を出し

て、一晩中夜空を眺めていた。

「ここから覗いてみなさい。」

と言って、小さい私に高さを合わせてくれ

る。こんな父と2人で過ごせる時間が、とて

も居心地が良かった。

「すごーい!三日月の周りに、星がいっぱい

あるよ!」

嬉々として自分と同じように空を見上げる娘

が、喜ばしかったのだろうか。父は観察の際

は、誰よりも先に、私の名前を呼んだ。私も

それが何より嬉しかったのだ。

…母は妹に付きっきりで、私はほとんど甘え

られなかったのも、あったかもしれない。

「三日月なんて、もう覚えたのか。」

「うん!私、丸い月より、三日月の方が綺麗

だと思うな。」

「そうか…。茉月が月を綺麗だと思ってくれ

るのは、パパすっごく嬉しいよ。」

夜の涼しい風が、かすかに音をたてていた。

「茉月、“ルナ”って、聞いた事あるか?」

「ルナ?」

「そう、月の女神、ルナ。」

「女神って、なんだか綺麗だね。」

「そうだね。そりゃ、神様だからなぁ。ルナ

はね、夜を司る神様なんだよ。」

「つかさどるって?」

「まだ分かんなくていいさ。これから色々な

事を覚えていくんだから。」

月の光に照らされながら、優しく微笑む父の

顔は、今でも鮮明に記憶に残っている。

「ルナは、月、すなわち夜の太陽を守ってく

れているんだ。」

「夜の太陽?」

「太陽は明るく、そして、月は優しく、僕ら

を照らしてくれる。」

「へぇ〜、ルナってすごいんだね!」

「すごいさ。だからね、茉月。お前は、自分

の名前を漢字で何て書くか、もう知ってる

か?」

「ううん。まだ書けないの。」

「そっか。茉月の“茉”は、ママの好きなお花

から取ったんだよ。そして、“月”は、今言っ

た通り、ルナ。月の女神から取ったんだ。」

「そうなの?あっ、本当だ!まづき・・・

の中に、“月”っ

て入ってるね!」

「そう。だからパパとママは、優しく安らぎ

のある子になって欲しいって、茉月って付け

たんだよ。」

当時は、キョトンとしていたんだろうな。

父の言っている事は、あの時はまだよく理解

出来ていなかったから。

「って、難しいよな!」

ハハハ、と父が笑う。

「でも、しっかり覚えてくれていれば、きっ

といつか、茉月なら分かるよ。」

「分かった!私ずぅっと覚えてる!」



あれから、8年。

私は、この先も、絶対忘れない。

父と交わしたあの会話。

パパ、私、ちゃんと分かったよ。

ルナのような優しさで、月のように安らかに

皆を照らす。

私、なれるかな。

なれるといいな。




月の女神のように、輝いて。

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