修学旅行から帰ってきたら、家に知らない人が居た。
母さんよりも随分年上の男の人と、ソファに寝転んでスマホを見ている女の人。
女の方は、恐らく俺ぐらいの年だろう。
最初は客だと思ったんだ。何も話しかけたりしなかった。
だが1週間以上家に居続ける彼らに、ようやく母と男がそういう関係なんだと気がついた。
ふと、彼女に視線が移る。他人からしたら兄妹に当たるであろう彼女に、自然と興味が湧いてきた。
「おい、お前」
話しかけると、彼女の顔が上がる。澄んだその瞳に長いこと見つめられ、思わず目を細める。
「…お前?」
何気に声を聞いたのは初めてだった。
少し低いその声に、やっと自分の方が年下なんだと気がつく。
「勝手に人の家に住み着いて、挨拶も無しとか」
イラついた口調で言うと、彼女は目をぱちくりさせる。
「…え、君私より年下だよね?ガラ悪〜、」
彼女がめんどくさそうに体を起こして座り込む。
「もう少し可愛い弟だったら楽しかったのにな〜」
いつの間にか両親は、俺らの世話を放棄した。
朝起きても作り置きのご飯があったら良い方だ。
「…ただいま」
受験勉強のため部活を引退した姉しかいない家に、ポツリと呟く。
「おかえり〜」
彼女は俺に対してあまり嫌悪感を抱いていないようで、話しかけたら普通に返してくれた。
お互い中学生のためろくにご飯も作れず、米だけ炊いて食費用に置かれた金で惣菜を買う。
これが日常になってしまった。
「湊、ご飯」
そう言われ、ゆるゆるとスマホの画面を切り、食卓に向かう。
「……あ、俺今日いらない」
「え?」
惣菜を置こうとした姉の手が止まる。
「え?いらないの?せっかく買ったのに」
「…惣菜とか不味いから」
「…あ、…そう」
言い方を間違えたと思う。ピキったようなその声に慌てたが、訂正はしなかった。
翌日体を起こそうとして、昨日よりも確実になった倦怠感に驚いた。
軽い風邪だろう。最近の食生活が問題だということはすぐに分かった。
眠い目を擦り、リビングに行く。
「…ご飯、」
何も反応が帰ってこないから、思わず顔を上げる。
明らかに聞こえてたはずなのに、完全に無視された。
ただでさえ頭痛が酷いのにイライラさせないで欲しい。
無言で投げ出されるように出されたご飯は、いつもと変わらない白米だった。
「……やっぱりいらない」
「……は、」
明らかに怒りの籠った1文字だった。
「…お腹すいてない」
「…ご飯って言われたからよそったんだけど」
姉が振り向かないまま言う。
……だって、食欲無いんだもん、体調悪い方に合わせろよ、
我ながら自己中心的すぎる考えに呆れてくる。
俺は黙ったままスクールバッグを持ち、姉を素通りして玄関を出た。
「……ぅ、」
思わず声が漏れて、椅子を引く。
…なんだこれ、すごいしんどい。頭痛で視界は眩み、キリキリと締め付けるような腹痛に呼吸がしずらい。
俺はゆっくりと机に伏せる。三学期最後だし大した授業では無かった。
結局1時間目から昼休みまで、それでやり過ごした。
本格的に吐き気を感じたのは、昼休み後の授業中。
給食は少ししか食べなかったが、それでも胃への負担は大きかったらしい。
「……、、瀬野?また寝てるのか」
4時間連続で顔を伏せた前科もあり、担任が苛立ったように声を荒らげる。
「……すみませ、」
少ししてから顔を上げ、くりくりと目を擦る。
「次寝たら課題増やすからな」
そう担任に釘付けされ、俺はため息をつきながらも緩慢に教科書を開く。少し読めば分かるような内容。
俺は瞬きを数回して、椅子に座り直した。
「…………ふ、……ゔ、」
授業の半ば、急に上がってきた吐き気に思わず口を抑える。
正直、だいぶしんどい。今すぐベッドで横になりたかった。
「……え、、湊?大丈夫、?」
後ろにいた友達が俺の様子に気づいて声をかける。
「……大丈夫」
抑えていた手をゆっくりと離し、平然を保った。
…が、それもほんの一瞬、
急に姿勢を変えたのが良くなかったのか、急激な吐き気が再び体を襲った。
ぶくぶくと胃の中身が逆流して、俯いて口を抑える。
……どうしよう、
微妙に椅子を後ろに引いて、そのまま固まってしまう。
「……おい、湊?」
後ろの友達がそれに気づき、ガタンと立ち上がる。
「……先生、こいつ保健室連れて行っていいですか」
クラスの視線が痛い中、やっとの事で教室を抜け出す。
「……お前、保健室まで歩ける?」
保健室まで……。
到底間に合う気がしなかったが、頭を振るわけにもいかずにこくりと頷いた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。