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第6話

遠い場所
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2026/01/05 02:17 更新
港の夜は、あれから何事もなかったように続いていた。
取引は滞りなく終わり、
人の気配も、銃声も、すでに遠い。
太宰治は、ポートマフィアの建物の高い場所で、
一人、夜風に当たっていた。
太i宰i治
太i宰i治
……ふう
短く息を吐く。
胸の奥が、少しだけ重い。
理由は分かっている。
分かっているから、深く考えない。
中i原i中i也
中i原i中i也
手前
背後から声がした。
振り返らなくても、中也だと分かる。
足音の癖。
立つ距離。
中i原i中i也
中i原i中i也
さっきの……
中也は言葉を選ぶように、間を置いた。
中i原i中i也
中i原i中i也
探偵社の奴。
あれ、乱歩だろ
太i宰i治
太i宰i治
うん
あっさりと返す。
太i宰i治
太i宰i治
……久しぶりだったね
それ以上は言わない。
中也も、聞かない。
中i原i中i也
中i原i中i也
……後悔、してそうだったな
中也の声は低い。
太i宰i治
太i宰i治
そりゃあ、するだろうね
太宰は、欄干に手を置いたまま、夜を見下ろす。
太i宰i治
太i宰i治
でも、後悔ってさ。だいたい、手遅れになってからじゃないと出来ないものなのだよ
冗談めいた口調。
けれど、どこにも笑いはなかった。
中也は舌打ちをする。
中i原i中i也
中i原i中i也
……手前、戻りたいとか、思わねぇのか
その問いに、太宰は少しだけ首を傾けた。
太i宰i治
太i宰i治
戻る場所、もうないだろう?
即答だった。
太i宰i治
太i宰i治
私、あの日で全部終わったから
冷たい言い方でも、怒りでもない。
ただの事実。
中也は、それ以上何も言えなかった。
太i宰i治
太i宰i治
……ここは、楽だよ
太宰は続ける。
太i宰i治
太i宰i治
正しいこと、考えなくていい。間違ってても、役に立てば許される
それは、救いだった。
同時に、堕落だった。
太i宰i治
太i宰i治
だから、私はここにいる
中也は、拳を握る。
それでも、引き止めない。
引き止める資格が、自分にもないと分かっているから。
数日後。
江戸川乱歩は、探偵社で一人、資料を睨んでいた。
太宰の名前。
過去。
デマを流した人物。
全部、分かっている。
分かっているのに、何も取り戻せない。
江i戸i川i乱i歩
江i戸i川i乱i歩
……僕、賢いんだけどさ
誰に向けるでもなく、呟く。
江i戸i川i乱i歩
江i戸i川i乱i歩
一番大事なところで、いなかったんだよね
静かな部屋に、言葉が落ちる。
太宰がいない探偵社は、
どこか欠けていて、
それを誰も口にしない。
乱歩は、目を閉じた。
——君は、もう戻らない。
——それを、一番分かってるのは、僕だ。
同じ日。
太宰治は、ポートマフィアの自室で、
古い外套を椅子に掛けた。
そのポケットの中に、
もう使われない探偵社の社員証がある。
捨てない。
でも、戻らない。
太i宰i治
太i宰i治
……ふふ
小さく、息だけで笑う。
太i宰i治
太i宰i治
人生って、ほんとに一方通行だね
窓の外、夜は深い。
太宰治は、
選び直さない人生を、今日も静かに歩いていた。

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