港の夜は、あれから何事もなかったように続いていた。
取引は滞りなく終わり、
人の気配も、銃声も、すでに遠い。
太宰治は、ポートマフィアの建物の高い場所で、
一人、夜風に当たっていた。
短く息を吐く。
胸の奥が、少しだけ重い。
理由は分かっている。
分かっているから、深く考えない。
背後から声がした。
振り返らなくても、中也だと分かる。
足音の癖。
立つ距離。
中也は言葉を選ぶように、間を置いた。
あっさりと返す。
それ以上は言わない。
中也も、聞かない。
中也の声は低い。
太宰は、欄干に手を置いたまま、夜を見下ろす。
冗談めいた口調。
けれど、どこにも笑いはなかった。
中也は舌打ちをする。
その問いに、太宰は少しだけ首を傾けた。
即答だった。
冷たい言い方でも、怒りでもない。
ただの事実。
中也は、それ以上何も言えなかった。
太宰は続ける。
それは、救いだった。
同時に、堕落だった。
中也は、拳を握る。
それでも、引き止めない。
引き止める資格が、自分にもないと分かっているから。
数日後。
江戸川乱歩は、探偵社で一人、資料を睨んでいた。
太宰の名前。
過去。
デマを流した人物。
全部、分かっている。
分かっているのに、何も取り戻せない。
誰に向けるでもなく、呟く。
静かな部屋に、言葉が落ちる。
太宰がいない探偵社は、
どこか欠けていて、
それを誰も口にしない。
乱歩は、目を閉じた。
——君は、もう戻らない。
——それを、一番分かってるのは、僕だ。
同じ日。
太宰治は、ポートマフィアの自室で、
古い外套を椅子に掛けた。
そのポケットの中に、
もう使われない探偵社の社員証がある。
捨てない。
でも、戻らない。
小さく、息だけで笑う。
窓の外、夜は深い。
太宰治は、
選び直さない人生を、今日も静かに歩いていた。















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。