第4話

第一章 信じたくて信じられなくて
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2018/08/01 01:46
ピピピピピピピ──

けたたましい目覚ましアプリのアラーム音で、疾斗は目を覚ます。
何だか懐かしい夢を見た気がする。一年前──高一の時の、幼なじみとの何気ない会話。
あの時、護は誰の名前を言ったんだっけ?
嬉野疾斗
嬉野疾斗
(ていうか、あいつ、今彼女いたっけ……?)
ぼーっとした頭で考えていると、聞き慣れたアラームの音がどんどん大きくなっていく。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
うるっせ……
ベッドに置いてあったスマホを手繰り寄せ、目覚ましアプリを停止させる。すると起動したままだったらしいスマホゲーム『Lv99』のスタート画面に切り替わった。
昨日は『Lv99』のマルチプレイで高難易度のアイテム集めに付き合って、新しく始めた人達のレベル上げを手伝って……その後の記憶がない。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
俺、また寝落ちしたな……
疾斗の家──嬉野家は、疾斗が高校生になると放任主義になった。寝坊しても起こしてくれる家族はいないのだ。目覚ましを設定しておいてよかった。
何となく自分のステータス画面を見つめる。


『勇者:ハヤト Lv98』


嬉野疾斗
嬉野疾斗
もうすぐ、レベル99……
一年前、護とどちらが早くレベル99になるか、なんて競争をしていた。
しかし、もう護はこのゲームをやっていない。マルチプレイの時にパーティーを組めるフレンドの欄から、護の名前はいつの間にか消えていた。

『Lv99』
ジャンルとしては、アクションRPG。ファンタジー世界でモンスターを倒すのが主な遊び方だ。IDを交換すれば、四人までのマルチプレイが可能。
約一年前にリリースされ、十代の若者を中心に一気に人気になった。高難易度のクエストが増えたためか、その勢いは一時期よりは落ち着いたが、やりこみ要素も多く、未だ多くのプレイヤーが続けている。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
……これで無課金でできるって、運営どうなってんだ?
クエストも面白く、また自由度も高いのだが、ほとんど課金の必要がなく、サーバーはどうなっているのか、運営はどう回っているのか、謎が多いゲームでもある。
それに伴い不気味だという声や、不穏なうわさもまことしやかに流れている。
うわさの中でも一番多いのが──

『最終クエストに挑んだプレイヤーが消えた』

都市伝説のサイトなどではスクリーンショットも貼られ、検証までされている。しかし結局このうわさの真相は、最後のクエストをクリアし、満足したプレイヤーがゲームをアンインストールしただけだろうという結論で終わっている。
その最終クエストというのも、『選ばれたプレイヤーだけが特別ステージで遊べる』という謳い文句だが、その実態は未だよくわからず、うわさがひとり歩きしている。

ゲーム画面を何気なく眺めていた疾斗だったが、大きくため息をつく。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
はああああ……だりぃ……。行きたくねえ……
休み明けの月曜日。学校に行くのがひたすら面倒になる一番の日。でも休むのはもっと面倒なので、疾斗はしぶしぶ顔を洗いに洗面所へ向かう。
今日は幸い寝癖がついていない。前髪がいい加減うっとうしくなってきたが、童顔なのが嫌で切れずにいる。
制服に着替え、通学鞄を背負って疾斗はダイニングに向かった。

ダイニングテーブルの上には、封を切っていない四枚切りの食パンの袋と、母親の手書きメモがあった。

『お父さんは今日から一週間出張。お母さんも今日は泊まりです。ゲームばっかりしてないで、ちゃんとご飯食べて、お風呂入って、早く寝ること! 母より』

元々仕事人間だった両親は、疾斗が高校生になるとさらに仕事に没頭していった。朝は疾斗より早く家を出て、帰りは遅いか、泊まりか出張。それが嬉野家の日常になっている。
食パンを焼くのも面倒で、そのままかじりつつリビングを通って玄関へ。
リビングにはデジタルのフォトフレームが大して見もしないのに、いつまでも棚に飾ってあった。
家族写真がゆっくりとフェードアウトし、次の写真を映す。
満面の笑みを浮かべた疾斗と、少年が肩を組んでいる。
正道護。
物心がついた頃から一緒にいた幼なじみ。
護は綺麗な顔をくしゃりと笑みで歪め、こちらにピースサインを向けていた。
どうして撮った写真だったのかは思い出せない。護と一緒にいれば、何をしていたって楽しかったから。
今はもう、顔を合わせても護があんな笑顔を疾斗に見せることはない。
……写真を撮ったのはたった一年前なのに、ひどく昔のように思える。

パタン。

フォトフレームを倒し、疾斗は玄関に向かった。
今日もつまらない一日が始まる。早く帰って、ゲームの世界に没頭したい。
ゲームの世界なら、疾斗は誰からも頼られる勇者なのに。

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