ピピピピピピピ──
けたたましい目覚ましアプリのアラーム音で、疾斗は目を覚ます。
何だか懐かしい夢を見た気がする。一年前──高一の時の、幼なじみとの何気ない会話。
あの時、護は誰の名前を言ったんだっけ?
ぼーっとした頭で考えていると、聞き慣れたアラームの音がどんどん大きくなっていく。
ベッドに置いてあったスマホを手繰り寄せ、目覚ましアプリを停止させる。すると起動したままだったらしいスマホゲーム『Lv99』のスタート画面に切り替わった。
昨日は『Lv99』のマルチプレイで高難易度のアイテム集めに付き合って、新しく始めた人達のレベル上げを手伝って……その後の記憶がない。
疾斗の家──嬉野家は、疾斗が高校生になると放任主義になった。寝坊しても起こしてくれる家族はいないのだ。目覚ましを設定しておいてよかった。
何となく自分のステータス画面を見つめる。
『勇者:ハヤト Lv98』
一年前、護とどちらが早くレベル99になるか、なんて競争をしていた。
しかし、もう護はこのゲームをやっていない。マルチプレイの時にパーティーを組めるフレンドの欄から、護の名前はいつの間にか消えていた。
『Lv99』
ジャンルとしては、アクションRPG。ファンタジー世界でモンスターを倒すのが主な遊び方だ。IDを交換すれば、四人までのマルチプレイが可能。
約一年前にリリースされ、十代の若者を中心に一気に人気になった。高難易度のクエストが増えたためか、その勢いは一時期よりは落ち着いたが、やりこみ要素も多く、未だ多くのプレイヤーが続けている。
クエストも面白く、また自由度も高いのだが、ほとんど課金の必要がなく、サーバーはどうなっているのか、運営はどう回っているのか、謎が多いゲームでもある。
それに伴い不気味だという声や、不穏なうわさもまことしやかに流れている。
うわさの中でも一番多いのが──
『最終クエストに挑んだプレイヤーが消えた』
都市伝説のサイトなどではスクリーンショットも貼られ、検証までされている。しかし結局このうわさの真相は、最後のクエストをクリアし、満足したプレイヤーがゲームをアンインストールしただけだろうという結論で終わっている。
その最終クエストというのも、『選ばれたプレイヤーだけが特別ステージで遊べる』という謳い文句だが、その実態は未だよくわからず、うわさがひとり歩きしている。
ゲーム画面を何気なく眺めていた疾斗だったが、大きくため息をつく。
休み明けの月曜日。学校に行くのがひたすら面倒になる一番の日。でも休むのはもっと面倒なので、疾斗はしぶしぶ顔を洗いに洗面所へ向かう。
今日は幸い寝癖がついていない。前髪がいい加減うっとうしくなってきたが、童顔なのが嫌で切れずにいる。
制服に着替え、通学鞄を背負って疾斗はダイニングに向かった。
ダイニングテーブルの上には、封を切っていない四枚切りの食パンの袋と、母親の手書きメモがあった。
『お父さんは今日から一週間出張。お母さんも今日は泊まりです。ゲームばっかりしてないで、ちゃんとご飯食べて、お風呂入って、早く寝ること! 母より』
元々仕事人間だった両親は、疾斗が高校生になるとさらに仕事に没頭していった。朝は疾斗より早く家を出て、帰りは遅いか、泊まりか出張。それが嬉野家の日常になっている。
食パンを焼くのも面倒で、そのままかじりつつリビングを通って玄関へ。
リビングにはデジタルのフォトフレームが大して見もしないのに、いつまでも棚に飾ってあった。
家族写真がゆっくりとフェードアウトし、次の写真を映す。
満面の笑みを浮かべた疾斗と、少年が肩を組んでいる。
正道護。
物心がついた頃から一緒にいた幼なじみ。
護は綺麗な顔をくしゃりと笑みで歪め、こちらにピースサインを向けていた。
どうして撮った写真だったのかは思い出せない。護と一緒にいれば、何をしていたって楽しかったから。
今はもう、顔を合わせても護があんな笑顔を疾斗に見せることはない。
……写真を撮ったのはたった一年前なのに、ひどく昔のように思える。
パタン。
フォトフレームを倒し、疾斗は玄関に向かった。
今日もつまらない一日が始まる。早く帰って、ゲームの世界に没頭したい。
ゲームの世界なら、疾斗は誰からも頼られる勇者なのに。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。