前の話
一覧へ
次の話

第16話

12.しあわせは伝染する
165
2026/05/26 14:38 更新

"よかったら今度改めてお礼をさせてください"


 なんて、何を言っているんだ。

 初対面の、ましてや異性にそんな事を言われるなんてナンパだと思われても仕方ない。
 しかも、彼はとても驚いたような表情をしていた。わたしの感じ取る能力が誤っていなければ、その驚きから嬉しさとかそういうものは感じられず、とにかく戸惑っていた、という印象だ。
あなた
もー…暫く会わないようにしないと

 合わせる顔が無い。

 そしてほとぼりが冷めた頃に会った時は、この事がなかったかのように振る舞おう。

 そう決意して会社へ向かうため、家を後にした。


 ーーのだが。

JAEHYUN
JAEHYUN
あっ!おはようございます…!
あなた
ぉ、お、おはよう、ございます…

 マーフィーの法則ごとく早速会ってしまった。
 せめて最初に会った時にいた背の高い男性もいればよかったのに、当たり前にいない。これも法則の通りだ。
 合わす顔が無いとは思っていたものの、彼との再会に喜んでいる自分もいるのも確かだ。だって、お礼をしたかったのは本心なのだから。
 彼はキラキラした笑顔で挨拶をしてくれたが、わたしはとても辿々しく引き攣った笑みで返事をしてしまった。どうしてだろう、彼を前にするとなかなか上手く行かない。
JAEHYUN
JAEHYUN
1階で大丈夫ですか?

 エレベーターが到着して、中に人が乗っていればという願いも儚く、彼と2人きりになった。

 今日は彼がボタン側に立ち、押してくれる。
 わたしは「あ、はい…」と言った煮え切らない返事しか出来なかったが、エレベーターのドアが閉まった瞬間、彼は勢いよく話しかけてくれた。
JAEHYUN
JAEHYUN
あの!
JAEHYUN
JAEHYUN
この前のことなんですけど、

 あぁ、やめてください。

 この前のナンパ紛いの事なんか今すぐ忘れて欲しい。そんなわたしの気持ちも虚しく彼は話を続ける。
JAEHYUN
JAEHYUN
よかったらゆっくり話しませんか?
あなた
え?
JAEHYUN
JAEHYUN
えーと、前から話してみたくて
JAEHYUN
JAEHYUN
あっ!これナンパとかじゃないですよ!
JAEHYUN
JAEHYUN
ほら!お隣同士だし!

 きょとんとしてしまったわたしの表情に、あからさまに焦ったようにパパパッと両手を空中で泳がせながら提案をしてくれた。
 ナンパみたいだと焦ったのはお互い様なのかもしれない。

 でも、お隣同士って何の事だろう?もしかしなくても、わたしの家のお隣さんは彼なのだろうか?だとしたら、なぜ彼はそれを知っているんだろう?
あなた
………
JAEHYUN
JAEHYUN
だ、だめ…ですよね…?
あなた
ぷっ、ふふっ…
JAEHYUN
JAEHYUN
え?
あなた
す、すみません。失礼ですよね

 でもそんな事がどうでもよくなるくらい、わたしの心は軽くなっていた。
 百面相のごとく表情をコロコロと変え、全身で感情を表現する目の前の彼と話をしたい。彼を知りたい。そう思ってしまった。
あなた
よかったら、ぜひお願いします
JAEHYUN
JAEHYUN
…え、…え?ほんとに?
あなた
わたしもゆっくりお話ししてみたいです

 すると彼は唇を巻き、上がる口角を必死に隠すようにわなわなと震えたと思えば、「やっ…!…ったーーー!」とガッツポーズをした。
 勿論、最初の言葉の声のボリュームはかなり大きくて、慌てて二文字目を発していた。
JAEHYUN
JAEHYUN
あ!いや、その、
変な意味じゃないですよ?!
あなた
ふふ、大丈夫です、わかってます

 思わず再び笑ってしまった瞬間、エレベーターは1階に到着した。
 ドアが開くと、彼は子犬が散歩へ行く喜びのあまり飛び跳ねるかのように外へ出ていく。
JAEHYUN
JAEHYUN
じゃあ!また連絡します!

 そんな言葉を残して、わたしに手を振って。

 でも、わたしは彼の連絡先を知らなかったし、彼は隣人との事だが残念ながらそれも知らない情報だ。
 それでも不安だったり焦りがないのは、きっと彼ならまた会えるだろうと思ったからだ。

 少し大きな口を開けて笑う男の子の笑顔が目に焼き付いて離れない。

 きっと今日は、彼の笑顔につられ、わたしも笑顔溢れる素敵な日になることだろう。

プリ小説オーディオドラマ