阿部side
佐久間が同じミスをするのは、今日で三回目だった。
どれも致命的じゃない。
少し確認すれば済むことばかりだ。だから周囲は気づかないし、本人も深刻そうにはしていない。
軽く笑って言うその顔に、昨日の影はない。
それが、いちばん苦しかった。
そう返しながら、俺は胸の奥で数を数えていた。
忘れている。確実に、少しずつ。
夕方、作業の合間に何気なく聞いてみる。
佐久間は一瞬だけ考えて、首を傾げた。
昨日、同じ傘に入って駅まで歩いた。
何気ない時間だったけど、俺にとっては確かに存在した記憶だ。
それ以上は言わない。
言えなかった、が正しい。
佐久間はそう言って、いつもの距離まで近づいてくる。
無意識だ。俺が一番分かってる。
――忘れているのに、近づく。
それが偶然じゃないことも、もう分かっていた。
休憩室で一人になり、スマホのメモを開く。
日付ごとに、佐久間との出来事が細かく残してある。
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・同じ質問をした
・約束を覚えていなかった
・でも呼び方は変わらない
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「阿部ちゃん」
文字にして、胸が詰まる。
記憶が抜け落ちているのに、
関係の“感触”だけが残っている。
それは回復じゃない。
むしろ、ゆっくり壊れている証拠だ。
佐久間は、まだ気づいていない。
気づきかけてはいるけど、確信していない。
確信しているのは、俺だけだ。
この先、もっと忘れる。
名前も、過ごした時間も、たぶん全部。
それでも佐久間は、きっと同じように俺の隣に立つ。
理由が分からないまま。
小さく呟いて、メモを閉じた。
それでも今日も、
俺は何も言わない。
佐久間が「阿部ちゃん」と呼ぶ限り、
その関係を、終わらせられなかった。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。