第13話

第10楽章 私の世界
45
2024/12/27 01:46 更新
キラキラと眩しいライトが私を照らす。

見ている人全員がこちらを見る。

どくどくと血の流れる心臓の音がよく聞こえる。

ここが私の舞台。

私の居場所。

しっかりと心に焼き付けて帰ってもらわなくちゃね。

お母さん
お母さん
るりー、今日発表会でしょ?
早く起きてちょうだいー。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
…あ、やばい。
分かったぁ。今準備する…
着慣れないドレスに腕を通し、

ヒールの入った靴を履く。

もう一度楽譜を確認して、家を出た。
お母さん
お母さん
…今日はトリ、頑張ってね。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
うん、頑張る。
お母さんに久しぶりに褒められた。

嬉しい。

普通に今泣けって言われたら全然泣ける。

やばい。






…そんなことを考えていたら会場に着いた。
あー、長い。

待ち時間というものはなんて憂鬱なんだろう。

私の出番は53番。

今弾いている人は35番。

2時間は待ったよね…?

あれ…1時間しかたってない。

…頑張って待とう。
お母さん
お母さん
瑠璃…瑠璃っ!
早く準備しなさい、もう。
しまった。

うっかり寝てしまった…
音橋瑠璃
音橋瑠璃
っ…!
ごめん、ありがとう。 いってきます。
お母さん
お母さん
ん、ちゃんと弾いてきてね。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
うん、ありがとう。
右腕で抱えた楽譜をそっと抱きしめ、舞台裏に向かう。

刹那、とんでもない拍手が会場に巻き起こる。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
えっ…
佐田勇斗
佐田勇斗
っ…!
止まない拍手の向こうには、幼稚園の時の友達…

佐田勇斗がいた。

ピアノの先生が彼の話をよくするから、なんとなく知っている。

深くお辞儀をする彼の目は輝いていて、とても楽しそうだった。
くそ、このショパン弾きが。

去年も一昨年もショパン弾きやがって。

私だってショパン弾きたかったのに…

こんなに拍手もらいやがって…

ふざけんなぁーー!!!

見てろよ、私のベートーヴェン。

お前がショパンならこっちはベートーヴェンだわ。

ちゃんと見ててよね、ショパンばっかり弾いてるその目にしっかり焼き付けるんだから。
そんなことを思っていると、舞台裏に降りてきた彼が目の前を通った。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
あ、勇斗君、久しぶり〜、
良かったよ、ショパン。(棒)
(訳:こっちの演奏ちゃんと見てろよ)
佐田勇斗
佐田勇斗
あ、うん、ありがとう。
また後でね。(キラッ)
音橋瑠璃
音橋瑠璃
っ…
はぁーーー!!!

通りすがりにウインクしただとーーー!

ふざけてんのかこいつは。

でも、言いたいことは伝わったっぽいし…



差、つけてやるよ。







努力の差。







ざまぁみろって絶対言ってやるからな。
そんなクソ野郎の話は置いといて、私は楽譜を開く。
「ここは強く!」「下手くそ!」「もっと大事に!」「感情を込める!」

楽譜が見えなくなるほど書いてあるポイントに、クスッと笑ってしまった。

私だって、頑張ったんだよね。

音橋瑠璃
音橋瑠璃
…!?
目からポロポロと涙が零れ落ちる。

今はその理由がわからない。

前に座る女の子たちがハンカチを貸してくれた。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
…ありがとう
子供
子供
…お姉ちゃん、大丈夫…?
どっか痛いの?
音橋瑠璃
音橋瑠璃
…ううん、お姉ちゃん今とっても嬉しいの。
ハンカチありがとう。
嬉しいんだろう。

ここでこうやってピアノを弾けることが。

頑張ってきた努力が認められるかもしれないってことが。

よし。

頑張らないとだね。

口角を上げ、にっこりと笑う。










               ここは私の舞台ステージ






      〜53番 ベートーヴェン「テンペスト」より第1楽章〜


そう流れた放送が私自身の緊張を引き出してきた。

舞台の上から見る客席はとても小さく見えて、少し怖かった。

でも、

私なら大丈夫。

どこからかそう思うことが出来た。

舞台の中心まで来て、ゆっくりとお辞儀をする。

最後トリということもあり、より大きくなった拍手が私の心臓を潰そうとしてくる。

でも、そんな空気も少し気持ちよく感じた。

最初のアルペジオを奏でる。

ピアノの先生言ってたなぁ。
ピアノの先生
ピアノの先生
音は「鳴らす」んじゃなくて「奏でる」の。
先生。私、ちゃんと奏でてるよ
お母さん
お母さん
たかがそんなもんね。
所詮貴方に期待していないわ。
お母さん。私、今とっても楽しいの。

ピアノは苦しい時のほうが多いけど、これだからやめられないの。

今の私を見れば分かるでしょ?
✕✕
瑠璃って、なんでピアノ弾いてんの?
下手くそなのにw
楽しいから弾いてるの。

好きなことを続けるのに理由なんて必要なの?
今だったらどんな正論も言い返せる気がした。
気がつけば、曲は終盤に差し掛かり、最期の一音までをしっかりと響かせた。

ホールの中いっぱいに私の音が響く。

ここが私の居場所。

ステージの真ん中まで来て、深くお辞儀をする。

あふれんばかりの拍手が起こる。

それは、舞台裏まで来ても鳴り止まなかった。

さぁ、彼には私がどう見えたのかしら。

ショパン弾きさん…?

舞台裏にいる彼のところへ行く。

すると…




真剣な表情で彼は言った。
佐田勇斗
佐田勇斗
瑠璃ちゃん。
ちょっといいかな…?
音橋瑠璃
音橋瑠璃
…?
いいけど…?
歩き出す彼の後ろについていく。

ついたところは舞台裏のすぐそばにある、誰も来ないような廊下だった。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
で、話ってなに?
音橋瑠璃
音橋瑠璃
…!?
脳味噌が暴れ出す。

今私は彼にいわゆる壁ドンをされている。

彼氏いない歴=ほぼ年齢の私にはとてもびっくりしてしまった。

あわあわと驚く私を見て、ようやく彼は話出した。
佐田勇斗
佐田勇斗
ごめんね、急に。
驚かないで聞いて欲しい。僕は君が好きなんだ。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
え…?
音橋瑠璃
音橋瑠璃
どゆこと…?
私の脳味噌はすでに限界をむかえており、

どろどろに溶けたような思考回路か頭の中を巡っていた。
身長差のせいで上を見ないと話せない。

…160はあるだろうか…
佐田勇斗
佐田勇斗
君の音がすごく綺麗に聞こえたんだ。
ようするに一目惚れってやつだね。
佐田勇斗
佐田勇斗
だから…
佐田勇斗
佐田勇斗
僕と、付き合ってくれませんか…?
音橋瑠璃
音橋瑠璃
え、ショパン弾きさん?
佐田勇斗
佐田勇斗
僕は本気だ。
展開急すぎない?

限界だ。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
あのね、私ね、ショパン弾きさんの音、すごく好きなの。
聴いてると落ち着いて、私もこんな風に弾きたいってすごい思うの。
でもね、
佐田勇斗
佐田勇斗
…うん
音橋瑠璃
音橋瑠璃
私とあなたは平等じゃない。
同じようにはなれない。
佐田勇斗
佐田勇斗
どういうこと…?
音橋瑠璃
音橋瑠璃
ショパン弾きさんは1日にどれくらいピアノ練習する…?
佐田勇斗
佐田勇斗
…30分くらい…かな。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
私はね、2時間くらい弾いていたの。
…でも、あなたと私のレベルは同じでしょ…?
佐田勇斗
佐田勇斗
うん。そうだね…
二人とも上級。

でも、私にはなくて、彼には無いものがあった。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
…才能。
それが才能の差。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
私は、ショパンを一日に30分ずつ弾いても、貴方のようにはなれない。
…努力でも、それは巻き返すことが出来ない。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
私は貴方のようにはなれない。
ごめんなさい。
佐田勇斗
佐田勇斗
それだけで、僕と付き合ってくれないの?
音橋瑠璃
音橋瑠璃
私はこれしか無いの。
ピアノたくさん弾いても、周りの人間に劣っちゃうの。
…私は、貴方のように幸せにはなれない。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
だから…ごめんなさい。
佐田勇斗
佐田勇斗
…そこまで言うなら。
佐田勇斗
佐田勇斗
わかったよ。
ただし、来年もショパンを弾いて、君と同じくらい練習して、戦ってあげるよ。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
上等。
ありがとう。分かってくれて…嬉しい。
音橋瑠璃
音橋瑠璃
絶対負けないから。
見ててね、私のこと。
佐田勇斗
佐田勇斗
こっちも、もちろんだ。
断ってしまった。

ごめんね、ショパン弾きさん。
それ以外でも私にはショパン弾きさんを断った理由がある。
それは、どうしても、ねじ曲げれなかった。

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