車内には、虎杖くんの規則正しい寝息と、一定のエンジン音だけが流れていた。
朝6時。夏の光が窓から差し込み、すでに外は明るい。
前を見ると、バックミラー越しに、伊地知さんが控えめに声をかけてくる。
一瞬、資料から視線を上げて──すぐに戻す。
柔らかく、でもきっぱりと言う。
それ以上は言わない。
理由を説明するつもりもなかったし、
無理に理解してもらう必要もなかった。
──それは、ただの線引きではなく、自分の中の揺るぎないルールだった。
伊地知さんはそれ以上踏み込まず、ハンドルに意識を戻した。
その距離感が、少しだけありがたい。
ページをめくろうとした、そのとき。
ふと、昨日の光景が脳裏をよぎった。
寮の共用スペース。
資料を片手にテレビを観てたはずが、気づけばソファで眠っていた。
目を覚ましたとき、肩にかけられていたブランケット。
誰が持ってきたのかは分からない。
近づく気配も、物音も、まったく覚えていなかった。
人が近くにいれば眠れない。
ほんのわずかな気配でも、意識は浮上する。
誰かが近づけば、反射的に目が覚める。
それが、ここ1年間──ずっと当たり前だったはずなのに。
資料に視線を戻す。
任務概要、建物構造、想定される呪霊の傾向。
文字を追いながら、意識を“今”に繋ぎ止める。
人前では眠らない。
意識を手放さない。
自分が"いない時間"を、作らないために。
車内には、変わらず寝息とエンジン音だけ。
外はすでに夏の朝の光に包まれ、日差しが少しずつ車内を照らしていた。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。