第93話

飽きた
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2021/10/09 11:00
「アラン殿下!」

 血相を変えて転がり込んできたのは、奴隷商だった。

「どうか……どうかお助けを! 軍隊を出してください! 敵襲がありました。このままでは、奴隷たちが逃げ出してしまいます!」

 醜くすがり付く姿は見るにたえない。
 ただでさえ明日は大切な日だと言うのに。
 こんな脳みその空っぽな輩に構っている暇はない。

「勝手にしろ」

 とは言え、放置するわけにもいかない。
 奴隷の売買は国の要だ。
 軍隊を出す手筈を整えようと書類に手を伸ばした時。

「で、殿下……! レベッカ様の部屋が……もぬけの殻でした!」

 ぴたり、と手を止める。

 嫌いだ。
 嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ。
 同族嫌悪、確かにそうだ。
 恋情なんていう甘ったるい感情を名付けるには、この気持ちは刺々しすぎる。
 執着。

 自分と似た者への。
 子供で、ずる賢く、身体能力が高く……家族に愛されない。
 彼女なら、理解してもらえるかもしれないと、どこかで。どこかで思っていた。
 婚約すれば。
 結婚すれば。
 
 求めていたのは結局、傷の舐めあいか?
 ハッ、笑わせる。
 あれは家族に愛されなくても多くの者に慕われている。
 俺様と違って。
 俺様なんていなくても、どれだけ努力して、レベッカという存在に俺様を刻み付けようとしても、彼女は前を向く。吐き気がするほど、前を向いて……俺様を置いて、行ってしまう。

「アラン殿下?」

「……やめだ、やめ。下らない。飽きた。レベッカが戻ってきたら丁重に帰してやれ。大金渡して謝罪すればよいだろ。若いし婚約破棄くらいで名誉に傷はつかないさ。この国の復興くらいはしてやるから、それからはお前が王をやれ。ほら」

 玉璽をぽんと投げると、奴隷商は顔を真っ青にしてぶんぶんと首を横に振った。

 権力を手にいれたら、もっと自分が完璧になったら。
 見えてくるものがあると思ったのに。
 これじゃ、ただ、自分が惨めなだけだ。


 緊張のあまりか固まってしまったあいつらを放置して、俺様は執務室から出た。

 早朝の空気が冷たく、肌を刺す。

 なんとなく、ある部屋に足を運んだ。

 そこは、俺様とレベッカが今日着る予定の服があるところ。
 贅を尽くし、流行に乗ったもので、女性の気持ちなんてわからないが、書類にサインをしただけ、なんてことはなく、それなりに苦労して手配したものだ。

 これ、似合うんだろうなぁ。
 憎らしいほど。

 それから、どれほど経っただろう。

「……アラン」

 鈴の鳴るような声に振り向くと、思った通り、酷い格好のレベッカが佇んでいた。

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