「アラン殿下!」
血相を変えて転がり込んできたのは、奴隷商だった。
「どうか……どうかお助けを! 軍隊を出してください! 敵襲がありました。このままでは、奴隷たちが逃げ出してしまいます!」
醜くすがり付く姿は見るにたえない。
ただでさえ明日は大切な日だと言うのに。
こんな脳みその空っぽな輩に構っている暇はない。
「勝手にしろ」
とは言え、放置するわけにもいかない。
奴隷の売買は国の要だ。
軍隊を出す手筈を整えようと書類に手を伸ばした時。
「で、殿下……! レベッカ様の部屋が……もぬけの殻でした!」
ぴたり、と手を止める。
嫌いだ。
嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ。
同族嫌悪、確かにそうだ。
恋情なんていう甘ったるい感情を名付けるには、この気持ちは刺々しすぎる。
執着。
自分と似た者への。
子供で、ずる賢く、身体能力が高く……家族に愛されない。
彼女なら、理解してもらえるかもしれないと、どこかで。どこかで思っていた。
婚約すれば。
結婚すれば。
求めていたのは結局、傷の舐めあいか?
ハッ、笑わせる。
あれは家族に愛されなくても多くの者に慕われている。
俺様と違って。
俺様なんていなくても、どれだけ努力して、レベッカという存在に俺様を刻み付けようとしても、彼女は前を向く。吐き気がするほど、前を向いて……俺様を置いて、行ってしまう。
「アラン殿下?」
「……やめだ、やめ。下らない。飽きた。レベッカが戻ってきたら丁重に帰してやれ。大金渡して謝罪すればよいだろ。若いし婚約破棄くらいで名誉に傷はつかないさ。この国の復興くらいはしてやるから、それからはお前が王をやれ。ほら」
玉璽をぽんと投げると、奴隷商は顔を真っ青にしてぶんぶんと首を横に振った。
権力を手にいれたら、もっと自分が完璧になったら。
見えてくるものがあると思ったのに。
これじゃ、ただ、自分が惨めなだけだ。
緊張のあまりか固まってしまったあいつらを放置して、俺様は執務室から出た。
早朝の空気が冷たく、肌を刺す。
なんとなく、ある部屋に足を運んだ。
そこは、俺様とレベッカが今日着る予定の服があるところ。
贅を尽くし、流行に乗ったもので、女性の気持ちなんてわからないが、書類にサインをしただけ、なんてことはなく、それなりに苦労して手配したものだ。
これ、似合うんだろうなぁ。
憎らしいほど。
それから、どれほど経っただろう。
「……アラン」
鈴の鳴るような声に振り向くと、思った通り、酷い格好のレベッカが佇んでいた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。