ああ、結局また来てしまった。
仕事が疲れていたとか、言い訳は色々あるけれど。
それでも私は、彼に会いたいという理由でこの場所に出向いた。
コツコツと鳴るヒールは割と好きじゃなくて、履きなれない。
オシャレをしている子が好きだとか、そういう人じゃないのは知っている。
あまりに好印象といえる出会いではなかったから、彼を指名するのには少しの勇気がいる。
姿を現した彼を見て、私はすかさず挨拶を交わす。
彼から話しかけるのを待っていれば、どれだけ時間がかかるのか分からない。
それに、彼も相手から話しかけられた方が多少は楽だろう。
返事が返ってきたことに安心しつつ、一二三さんが私と距離を置く理由を考える。
考えうる可能性としては、私がなにかしてしまったということ。
しかし、あの場で私たちは間違いなく初対面だった。
その線はあまりに薄いだろう。
思わず口に出してしまい、一二三さんは少し目を見開く。
ハッと口を覆った時にはもう遅かった。
しかし一二三さんはなんの事やら、といった様子で、私の発言はさほど気にしていない。
絞り出すような声で、一二三さんは私に声をかける。
声をかけられたことが嬉しくて、私は思わず飛びつくように弾んだ声で聞き返す。
その仕草に一二三さんは震えたように見えたが、私は一二三さんの言葉を静かに待つ。
消え入るような声で言われ、現在の時刻が脳裏を過ぎる。
当たり前だが、今は深夜である。
一二三さんは私のそんな様子に少し笑っている。
ほんの少しだけ、彼の纏う空気が柔らかくなった。
笑うと国宝級の顔はさらに美しいものになり、私は思わず目を細める。
恐らく彼、普段は黄金比の顔だが笑うと白銀比の貴重な顔になる。
可愛いキャラは白銀比と呼ばれる顔をしていて、
日本人の好みの顔第一位は、白銀比なんだとか。
白銀比と黄金比、両方を兼ね備えた彼に勝てる顔はそうそうないだろう。
俯いたり顔色さえ悪くなければ、彼は本当に完璧な見目をしている。
値段はそこまで気にしない。
が、私はあまりに酒をガブガブ飲むようなタイプでもない。
おそらく私は酔うのが下手なのだ。
上手く酔えず、味もよく分からず。
ジュースを飲んだ方がマシなのではと思う。
そう聞くと一二三さんは黙ってしまい、口をモゴモゴと動かして、開いては閉じてを繰り返す。
一二三さんが声を出すのを待っていると、どこか微笑ましい気分になってくる。
暖かな、しかし確実に存在する分厚い壁。
あくまでこれは営業なのだから、このくらいの距離感がちょうどいいと思ってしまうのはおかしいだろうか。
少し考え、一番売上に繋がるのはやはりタワーとプラチナだろう。
ただ、ドンペリは味が意外と不人気だと聞いたことがある。
高い酒だからといって味が一般ウケするとは限らない。
昔、母が飲んでいたのを思い出す。
まだ小学生高学年の頃の話だが、随分と美味しそうに飲んで酔っ払っていた。
少し解れた空気の中で、酒に口をつける。
度数が高めな酒なことはすっかり忘れていたが、
酔いにくい体質のおかげでそこまで大きなダメージは無かった。
遅くなりました、5話です
一二三がホストモードを会得した時、独歩は何を思ってどんな態度で彼に接したのだろう……と考える毎日です
ちなみにまだ2人は同居してないです
うろ覚えですけど、確かホストの仕事が軌道に乗ってから同居を提案していたはずなので……
この小説書き始めてからホストクラブに詳しくなる毎日です
ルイ13世なんて名前しか知りませんでした。
度数見て目が飛んでいくかと……
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。