第9話

第八話
314
2025/05/01 10:22 更新
敦と芥川の前に在る小さな家は、小さいながらも異様な存在感だ。
この間の広場とは較べても較べ切れない程で、圧迫感が凄まじく、質量と物量を持っている。
既に戦場に居るかのようだ。
中島敦
中島敦
着いた…。
敦はぐったりと疲れた様子で肩を落とす。
芥川は何も云わずにはぁと息を吐く。
芥川龍之介
芥川龍之介
真逆ここまで分かり難い道とはな…。
中島敦
中島敦
天然の迷路だったな…。
此処は林の中に在る一軒家だ。
当然人は住んでいない。
林のかなり奥まった場所にあり、辿り着くまでがそこそこ大変だった。
芥川が途中で力尽きかけた程だ。
中島敦
中島敦
大宰さんから貰った資料に地図が載ってないなんて珍しいよな。
芥川龍之介
芥川龍之介
大宰さんのことだ。何か訳があるのだろう。
中島敦
中島敦
お前…。
もう大宰信者であることはツッコまないことにしたらしい。
喉まで出かかった言葉を飲み込む。
芥川龍之介
芥川龍之介
まぁ善い。早速入るぞ。
中島敦
中島敦
あ、うん。でもどうやって入…
芥川龍之介
芥川龍之介
「羅生門」。
中島敦
中島敦
だよな!
芥川の「羅生門」によって、家の扉は切り刻まれる。
何度も切り付けられ、傷んだ木の扉は面影すらも消え失せる。
ガラガラと音を立て木片が地面に落ちた。
芥川龍之介
芥川龍之介
入口は出来た。往くぞ。
中島敦
中島敦
お…お前、ホントにブレないな…。
一応心霊スポットだというのに善いのだろうか。
今更だが。
敦は芥川の後ろを歩く。
芥川は靴を脱がずに家の中に入る。
木造の家は一歩踏み出す毎に音を立てる。
土足で歩かれることに悲鳴を上げているようにも聞こえ、靴を脱ぎたくなるが、流石に自重する。
芥川龍之介
芥川龍之介
…ふむ、本当に唯の一軒家だな。時折血痕はあるが。
中島敦
中島敦
ひっ!
芥川の視線の先を見て敦は飛び上がる。
黒ずみ古くなった家の壁や床には血液、血液だったものがべったりと付着している。
中島敦
中島敦
…芥川。
芥川龍之介
芥川龍之介
何だ?
中島敦
中島敦
片手貸してくれ。
芥川龍之介
芥川龍之介
…断る。
敦は芥川の片手を握る。
芥川龍之介
芥川龍之介
断った筈だが。
中島敦
中島敦
い、善いだろ!減るものじゃないし!
敦はガッチリと芥川の手を掴んでいる。
悪い気はしないので、其の儘歩き出す。
芥川龍之介
芥川龍之介
大宰さんからの資料だと、此処は一階建てのようだな。
片手で資料を持ち、もう片手で敦の手を握っているので、此れで芥川の手は両方完璧に使えない。
敦がライトで資料を照らす。
二人共夜目は効く方だが、此の家は異様に暗いので念の為だ。
中島敦
中島敦
丁寧に間取りまで…流石国木田さん…。
資料は相変わらずの丁寧さだ。
中島敦
中島敦
…ん?でも微妙に違くないか?此処、本来なら居間だろ?未だ廊下じゃん。
芥川龍之介
芥川龍之介
恐ろしく疲れていた間違えたのかもしれないだろう。其れに此の家は相当古い。多少の差異は当然だ。
中島敦
中島敦
疲れ…あぁ、確かに…疲れてそうだな…。
主に大宰のせいで。
敦は納得する。
芥川龍之介
芥川龍之介
どうやら此処に住んでいた家族が一家心中をしたようだな。
中島敦
中島敦
…一家心中、か。
芥川龍之介
芥川龍之介
あぁ。其の亡霊が出るらしい。
芥川は其れだけ云い資料をしまい、数歩歩いた先に在る扉を開ける。
蝶番が錆びているので甲高い音が鳴る。
中島敦
中島敦
ひゃっ!!
芥川龍之介
芥川龍之介
いちいち怯えるな。
敦は芥川の手を思いっ切り握り締める。
手の骨がミシミシと軋んでいる錯覚を覚えるが、許容する。
恐らく此処で其れを口にしたら今日はもう手を繋ごうとはしないだろうということが判っているから。
多少の痛みは許容してやらなければならないのだ。
扉の先は散乱していて、そこら中が傷だらけだ。
かなり広い居間だ。
木で出来た大きな机も見えるが、四本有る足の内一本が折れ、傾いている。
中島敦
中島敦
…一家心中が起こったにしても、お前レベルでも暴れなきゃこうはならないんじゃないか?
芥川龍之介
芥川龍之介
貴様は刻まれたいのか?此の手を切り落とすぞ。
中島敦
中島敦
止めろよ。
敦はそう云いながらも手を離そうとはしないし、芥川も其れは同じだ。
芥川龍之介
芥川龍之介
だが其れもそうだ。入って来た時も思ったが、一家心中にしては出血沙汰過ぎる。殺人事件と受け取るのが妥当だ。
中島敦
中島敦
うーん…でも国木田さんがいくら疲れてたとしても、流石に一家心中と殺人事件は間違えないんじゃないか?
芥川龍之介
芥川龍之介
ふむ…。
芥川は口元に手を当てて考える仕草をする。
敦は其の間居間を見回す。
傷だらけで血だらけ。
他の部屋へは襖で繋がっていたらしく、襖は風化し他の部屋が丸見えだ。
其の先の部屋の端。
突き当たりに、暗いが何かが見える。
中島敦
中島敦
…芥川。
芥川龍之介
芥川龍之介
判った。
敦は其れに向かって歩き出す。
芥川は敦と手を繋いだ儘、敦に付いて行く。
近付くにつれて、其の姿ははっきりと見える。
中島敦
中島敦
…此れ。
芥川龍之介
芥川龍之介
…階段だな。
其処には、
一階建ての家に。
手すりも付いていて、階段だけは血痕が付いていない。
此の血まみれ傷だらけの空間では異形に近い。
中島敦
中島敦
おかしい、よな?
芥川龍之介
芥川龍之介
あぁ。外から見た時も一階建てだった筈だ。
二人は顔を見合わせる。
中島敦
中島敦
…いよいよ、国木田さんが、心配だな。
芥川龍之介
芥川龍之介
無理をして現実逃避をするな。彼奴が疲れただけで二階建ての建物が一階建てには見えぬ。
中島敦
中島敦
だよな…。
恐らく心霊現象だろう。
でなければ有り得ない。
芥川龍之介
芥川龍之介
戻るぞ。
中島敦
中島敦
あぁ。
二人は直ぐ動けるように手を離し階段に背を向ける。
 
ギ、と音が鳴った。
背後からだった。
二人は全身が粟立つのを感じる。圧迫感は増す。
上からだ。
上から、床が軋む音が聞こえた。
其れを認識した瞬間、二人は走り出していた。
走り出した直後、またギ、と音が鳴る。
小さな音の筈なのに何故かはっきりと聞こえる。
中島敦
中島敦
っ…!「月下獣」!
敦の腕が白い獣の腕になり、壁を切り裂く。
壁は鋏で布を切り裂くとまでは行かずとも、其れ位の抵抗の無さで木片になる。
そうして空いた大きな穴に二人は飛び込む。
芥川龍之介
芥川龍之介
っ…。邪魔だ。
中島敦
中島敦
煩い!
二人で穴に飛び込んだので、外に出た段階で二人はぶつかった。
然し出られはした。
外には先程と同じ光景が広がっている。
中島敦
中島敦
善かった…。
敦はホッと胸を撫で下ろし座り込む。
生い茂る木々も、薄暗い風景も其の儘だ。
芥川龍之介
芥川龍之介
人虎。何を呆けている。今直ぐ大宰さん達の所に向かうぞ。
中島敦
中島敦
え?何でだよ?否帰るのは判るけど。
敦は芥川に二の腕を捕まれながら立ち上がらせてもらう。
芥川龍之介
芥川龍之介
未だ三十分経っていないというのに外に出た事に対する詫びだ。行くぞ。
中島敦
中島敦
あぁー成程な。お前何処に行ってもブレないっていうか、最早そういう次元じゃないことに気が付いたよ…。
芥川龍之介
芥川龍之介
事実ならば蝸牛並に遅いな。
中島敦
中島敦
失礼噛みました。
芥川龍之介
芥川龍之介
態とか貴様。其れは迷い牛だ阿呆め。
詳しくは「八九寺真宵 噛みました」で検索。
ともかく、二人はおぞましい家から距離を取る。
相変わらず二階は存在している。
よく目を凝らしてみれば窓が在ったが、流石に其の中を見るのは憚られる。
二人は先程降りてこようとしていた存在のことを頭から振り払い、其の家を後にした。
太宰治
太宰治
おかえりー。
中原中也
中原中也
おぅ、お疲れ。
相も変わらず盗聴していた二人が出迎える。
最近では霊現象対策と称してGPSを付けている。
カプが変わってしまいそうなので滅多なことが無い限り使わないようだが。
中島敦
中島敦
ただいま帰りました...。
敦は疲れていることが一目瞭然、一目で判る笑みと声を見せる。
中原中也
中原中也
おぅ。てかはえーな?
芥川龍之介
芥川龍之介
はい。其れに関しては言い訳のしようも無いです。
中島敦
中島敦
あるよ言い訳のしよう。結構ある。
勿論中也も盗聴していたので事情は把握している。
だが其れがバレる訳には行かない。
なので本人達に訊いて答えてもらうという究極的な二度手間を踏むしかないのだ。
中島敦
中島敦
実は資料が間違ってたみたいなんです。
太宰は差し出された資料を受け取る。
芥川龍之介
芥川龍之介
人虎の云った通り、資料の間取りも情報も間違っていたようで。
太宰治
太宰治
...ふぅん?
太宰は資料に綴られている文字を辿っていく。
其の視線の動く速度はかなり早い。
抑々一度目を通しはしたのだから大体の内容は覚えている筈だ。
太宰治
太宰治
...何処が間違ってたかな?
芥川龍之介
芥川龍之介
間取りや階数、曰くも恐らく違っていたかと。
中原中也
中原中也
そんなにか。
中也が驚愕する。
太宰治
太宰治
行く迄の道は?どんな道のりだった?
中島敦
中島敦
あー...山道みたいな道でした。迷路かと思っちゃう位...。
芥川龍之介
芥川龍之介
然り。辿り着けぬかと思いました。
二人は道のりを思い出し気分が落ち込む。
勾配は急だし暗いし道は複雑だし。
大変だった。
太宰治
太宰治
...否、おかしいよ。
中原中也
中原中也
あ?何処が。
太宰治
太宰治
君達何処に行ったんだい?
何か不穏な気配を感じた。
太宰はスマホの地図アプリを起動する。
然して位置情報を入力して行く。
太宰治
太宰治
此処の山の近くだよね?
芥川龍之介
芥川龍之介
近くと云うより中です。
太宰治
太宰治
其処がおかしいのだよ。だって此の山入口封鎖されてるもの。
太宰は動きが止まった三人に構わずスマホを操作する。
太宰治
太宰治
ほら。今回の心霊スポットは山の麓だよ。山の中に家なんて廃墟であっても在る訳が無い。崖ばっかりだし。衛星写真見てご覧?
中也はぎゅっと目を瞑り見ないようにしている。
敦と芥川は太宰のスマホに表示された山の衛星写真を見る。
確かに家の廃墟なんて少しも見えない。
太宰治
太宰治
君達何処行ってたんだい。
中島敦
中島敦
...。
芥川龍之介
芥川龍之介
...。
二人は押し黙ってしまった。
中島敦
中島敦
...今日鏡花ちゃん居ないのに。
敦は涙目だ。
中原中也
中原中也
其れはきちぃな...家に誰も居ねェのか...。
中島敦
中島敦
一応寮なんですけど...やっぱり部屋に一人なのは変わらないですし...。
太宰治
太宰治
おやおや。私は中也の家に泊まるからなぁ。
中原中也
中原中也
手前聞いてねえぞ其れ。勝手に泊まる算段を立てンな。
中也は呆れているが、何やかんや安心している。
寧ろ仕事を入れる事も考えていたから。
太宰治
太宰治
じゃあ...芥川君に泊まって貰うのは如何だろう!
太宰は名案を思い付いたと云わんばかりに手を叩いた。
芥川龍之介
芥川龍之介
判りました。
中島敦
中島敦
待て待て!流石にあっさり受けるなよ!僕の家に泊まるんだぞ!?
芥川龍之介
芥川龍之介
太宰さんの指示ならば僕は何だってする。
中島敦
中島敦
何其の忠誠心!否何時もか!
芥川は着々と泊まる算段を整えている。
銀に連絡したり泊まる為の道具を持って来る為にタクシーを手配したり。
其れを見ながら太宰は中也に耳打ちした。
太宰治
太宰治
あの子、私が指示しちゃうと仕事モードになっちゃってトキメキが生まれないね...。
中原中也
中原中也
トキメキ生まれたとて芥川が一方的にドキドキさせるかだからな。くっ付けるにゃどうしてもあと一押したりねぇな...。
今日こそ二人をくっ付けられると思ったのに、と太宰は肩を落とした。

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