敦と芥川の前に在る小さな家は、小さいながらも異様な存在感だ。
この間の広場とは較べても較べ切れない程で、圧迫感が凄まじく、質量と物量を持っている。
既に戦場に居るかのようだ。
敦はぐったりと疲れた様子で肩を落とす。
芥川は何も云わずにはぁと息を吐く。
此処は林の中に在る一軒家だ。
当然人は住んでいない。
林のかなり奥まった場所にあり、辿り着くまでがそこそこ大変だった。
芥川が途中で力尽きかけた程だ。
もう大宰信者であることはツッコまないことにしたらしい。
喉まで出かかった言葉を飲み込む。
芥川の「羅生門」によって、家の扉は切り刻まれる。
何度も切り付けられ、傷んだ木の扉は面影すらも消え失せる。
ガラガラと音を立て木片が地面に落ちた。
一応心霊スポットだというのに善いのだろうか。
今更だが。
敦は芥川の後ろを歩く。
芥川は靴を脱がずに家の中に入る。
木造の家は一歩踏み出す毎に音を立てる。
土足で歩かれることに悲鳴を上げているようにも聞こえ、靴を脱ぎたくなるが、流石に自重する。
芥川の視線の先を見て敦は飛び上がる。
黒ずみ古くなった家の壁や床には血液、血液だったものがべったりと付着している。
敦は芥川の片手を握る。
敦はガッチリと芥川の手を掴んでいる。
悪い気はしないので、其の儘歩き出す。
片手で資料を持ち、もう片手で敦の手を握っているので、此れで芥川の手は両方完璧に使えない。
敦がライトで資料を照らす。
二人共夜目は効く方だが、此の家は異様に暗いので念の為だ。
資料は相変わらずの丁寧さだ。
主に大宰のせいで。
敦は納得する。
芥川は其れだけ云い資料をしまい、数歩歩いた先に在る扉を開ける。
蝶番が錆びているので甲高い音が鳴る。
敦は芥川の手を思いっ切り握り締める。
手の骨がミシミシと軋んでいる錯覚を覚えるが、許容する。
恐らく此処で其れを口にしたら今日はもう手を繋ごうとはしないだろうということが判っているから。
多少の痛みは許容してやらなければならないのだ。
扉の先は散乱していて、そこら中が傷だらけだ。
かなり広い居間だ。
木で出来た大きな机も見えるが、四本有る足の内一本が折れ、傾いている。
敦はそう云いながらも手を離そうとはしないし、芥川も其れは同じだ。
芥川は口元に手を当てて考える仕草をする。
敦は其の間居間を見回す。
傷だらけで血だらけ。
他の部屋へは襖で繋がっていたらしく、襖は風化し他の部屋が丸見えだ。
其の先の部屋の端。
突き当たりに、暗いが何かが見える。
敦は其れに向かって歩き出す。
芥川は敦と手を繋いだ儘、敦に付いて行く。
近付くにつれて、其の姿ははっきりと見える。
其処には、階段が有った。
一階建ての家に。
手すりも付いていて、階段だけは血痕が付いていない。
此の血まみれ傷だらけの空間では異形に近い。
二人は顔を見合わせる。
恐らく心霊現象だろう。
でなければ有り得ない。
二人は直ぐ動けるように手を離し階段に背を向ける。
ギ、と音が鳴った。
背後からだった。
二人は全身が粟立つのを感じる。圧迫感は増す。
上からだ。
上から、床が軋む音が聞こえた。
其れを認識した瞬間、二人は走り出していた。
走り出した直後、またギ、と音が鳴る。
小さな音の筈なのに何故かはっきりと聞こえる。
敦の腕が白い獣の腕になり、壁を切り裂く。
壁は鋏で布を切り裂くとまでは行かずとも、其れ位の抵抗の無さで木片になる。
そうして空いた大きな穴に二人は飛び込む。
二人で穴に飛び込んだので、外に出た段階で二人はぶつかった。
然し出られはした。
外には先程と同じ光景が広がっている。
敦はホッと胸を撫で下ろし座り込む。
生い茂る木々も、薄暗い風景も其の儘だ。
敦は芥川に二の腕を捕まれながら立ち上がらせてもらう。
詳しくは「八九寺真宵 噛みました」で検索。
ともかく、二人はおぞましい家から距離を取る。
相変わらず二階は存在している。
よく目を凝らしてみれば窓が在ったが、流石に其の中を見るのは憚られる。
二人は先程降りてこようとしていた存在のことを頭から振り払い、其の家を後にした。
相も変わらず盗聴していた二人が出迎える。
最近では霊現象対策と称してGPSを付けている。
カプが変わってしまいそうなので滅多なことが無い限り使わないようだが。
敦は疲れていることが一目瞭然、一目で判る笑みと声を見せる。
勿論中也も盗聴していたので事情は把握している。
だが其れがバレる訳には行かない。
なので本人達に訊いて答えてもらうという究極的な二度手間を踏むしかないのだ。
太宰は差し出された資料を受け取る。
太宰は資料に綴られている文字を辿っていく。
其の視線の動く速度はかなり早い。
抑々一度目を通しはしたのだから大体の内容は覚えている筈だ。
中也が驚愕する。
二人は道のりを思い出し気分が落ち込む。
勾配は急だし暗いし道は複雑だし。
大変だった。
何か不穏な気配を感じた。
太宰はスマホの地図アプリを起動する。
然して位置情報を入力して行く。
太宰は動きが止まった三人に構わずスマホを操作する。
中也はぎゅっと目を瞑り見ないようにしている。
敦と芥川は太宰のスマホに表示された山の衛星写真を見る。
確かに家の廃墟なんて少しも見えない。
二人は押し黙ってしまった。
敦は涙目だ。
中也は呆れているが、何やかんや安心している。
寧ろ仕事を入れる事も考えていたから。
太宰は名案を思い付いたと云わんばかりに手を叩いた。
芥川は着々と泊まる算段を整えている。
銀に連絡したり泊まる為の道具を持って来る為にタクシーを手配したり。
其れを見ながら太宰は中也に耳打ちした。
今日こそ二人をくっ付けられると思ったのに、と太宰は肩を落とした。
















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。