一号館と、二号館の間の道を通る。
二号館に並ぶようにしてある三号館の一階。そこに音楽室はあった。
肩で息をしながら下駄箱に寄りかかる。
それに気づいてリカの方を見ると、リカは真顔だった。
暗い廊下を突き進む。
ピアノの音は、途中からしなくなっていた。
音楽室の扉の前に立つ。
鍵は、空いていた。
無言で教室に入る。壁一面に貼られた音楽関連の人物画は不気味さをましており、ピアノの周りには人影一つ、見当たらない。
ひときわ大きな額縁を眺めていると、そう言われたため、思わず振り返る。
振り返った先に見えるリカは、こちらを凝視していた。こちらを見ているのだが、視線は私の背後だ。
ふたたび振り返ろうとしたが、顔が動かない。何者かに両頬を掴まれている。
いや、そんなわけ無いだろう。だって、私の背後は、絵画だもの。
両頬に何者かの手の感覚があるまま、上を見上げる。
女が、こちらを覗き込んでいた。視線が合う。
異国の言葉で何かを言い、笑みを浮かべる。
混乱していると、女はぐん、と口角を上げて、吹き出した。
ひとしきり声をあげて笑ったかと思えば、私から手を離す。
そしてまた、先ほどの静かな笑みを浮かべるのであった。どう言うことか彼女は、額縁から上半身を覗かせているようだ。
そう言うと、彼女はよいせ、なんて呟き、額縁に肘をついてこちらを見る。
ぽんぽん、と話題が変わっていく。今の状況に混乱している私たちでは、その話についていけるはずもなく、身じろぎをするしかない。
叫ぶようにそう言うと、女は目を瞬いてから、そういえばまだ言ってなかったわねと呟く。
一瞬、女が額縁に手をついたかと思うと、額縁から下半身をのぞかせる。
足が床につくと同時に、彼女はカーテシーをして、名乗る。
そう言って彼女は、首を傾けて微笑んだ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。