第21話

好転(おまけ)
2
2023/12/25 16:02
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
(なんだか眠れないや…。)
その日の夜───
新鮮な空気を吸いに外に出たユーエン。
空を見上げれば、燦然と輝く星が見える。
これから戦争が起こるような雰囲気は、とても感じられない。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
(ルドヴァニアの人たちはいっぱい飲んで酔い潰れちゃったし…怪我してるのに平気そうだったけど、いつものことなのかな?)
満月の光は明るく街中を照らしている。
ウルシュカも星を見てるかな…と彼の顔を思い出していると、ユーエンの背後に影が。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
ねぇ。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
わあっ!?
ユーエンはいきなり声をかけられたことに、その人物はユーエンの声に驚いて、二人は同じように目を丸くしていた。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
そんなに驚くとは思わなくて…なんか、ごめん。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
あっ、いえ!
お化けかと思ってびっくりしただけです!
そこで二人の間に流れる沈黙。
先に口を開いたのはユーエンだった。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
え…しゃ、喋った…!?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
僕話せないわけじゃないよ。
ただ、ルドヴァニアの人たちは会話が成り立つから、面倒で喋らないだけ。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
面倒で喋らないだけ…
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
でも、今は言葉にしてちゃんと伝えるべきだと思った。
あと、イムでいい。敬語もいらない。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
そ、そう…。えっと、それで伝えることって?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
それはたぶん、君の中にある。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
えぇ…。
予想外の答えにユーエンはうろたえたが、ふとその意味が理解出来た。
ようは、聞きたいことになんでも答える、そう言いたいのだろう。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
それじゃあ…イムはオーエンの好適手…えぇっと、ライバルなんだよね?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
うん。師匠に拾われたのは僕が先。
でも、同じくらいの年代の化け物狩りがいなかった。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
だから必然的にオーエンが?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
そう。その時の僕は今より話せなかった。
言葉を知らなかったから。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
言葉を知らなかった?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
師匠に拾われるまで、僕ひとりぼっちだった。
誰にも興味を持たれなかったし、誰も周りにいなかったから言葉が不要だった。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
あ……なるほど。
なんでもないようにイムは告げる。
何も感じないのかな、と不思議に思ったユーエンは尋ねることにした。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
寂しいとか思わなかったの?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
その感情はよく分からない。
けど、虚しいとは思ってた…と思う。当時は。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
うまく感情を認識出来ない?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
うん。
でも、お師匠さまとか、王焔とか、他の仲間とかに出会って、少しずつだけど分かってきた。
お師匠さまに叱られるのは怖い。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
あぁうん…。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
あと王焔と戦うの楽しい。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
(英才教育を施された後だったかぁ。)
相変わらずフードで見えないが、雰囲気はひしひしと伝わってくる。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
イムはどうして戦うのが好きなの?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
………?なんでだっけ。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
僕に聞かれても。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
あ、思い出した。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
それは何より。
ぽむ、と手を叩いて、イムは理由を話し始めた。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
僕、ひとりぼっち好きじゃない。
でも、人間はいつもすぐに死んじゃって、僕置いていかれる。
弱っていくのを見るのが、特に嫌だった。
置いていかれる側の孤独は、ユーエンも知っているつもりだ。
ユーエンは黙って話を聞いていた。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
でも、王焔と戦った時、そう思わなかった。
すごく、キラキラしてた。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
キラキラ?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
うん。生きる意思ってやつ。
王焔は人間だったけど、すごく強かった。
その鮮烈さに脳髄まで焼かれて、恋焦がれた。
永遠を生きるイムにとって、それは今までの全てを覆すような出来事だったに違いない。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
それはたぶん…一目惚れ、ってやつなんだと思う。
恋ではないが、イムは純粋にその生き様に魅入られたのだろう。
今でもその時の衝撃は忘れられない。
鮮明に思い出すことが出来る。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
一目惚れ…そっか、一目惚れか。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
うん。
ユーエンはその答えにクスクスと笑った。
イムも、フードの下から笑みを覗かせている。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
僕、まだ弱くて脆いものは愛せない。
いなくなったら怖いから。
でも、いつか戦わなくてもそれを知ることが出来るようになれたらいいなって思う。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
それは素敵な考えだね。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
それはそれとして戦うのは好きだけど。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
うーんやっぱり逃れられない。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
僕なりのコミュニケーションとアイデンティティ。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
肉体言語ですね分かります。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
武器がないなら殴ればいいじゃない。
王焔には効かないけど。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
どうしてまた?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
掴まれたら(骨が)終わる。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
おっと不穏な心の声が聞こえた気が。
だがユーエン、あまり深く考えないことにした。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
それに、王焔は僕が何だろうと好適手だって言ってくれた。
だから、僕が感染者でも殺そうとしなかったでしょ?
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
……確かに。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
立場が変わっても、相手へのスタンスを崩さないのは王焔のいいところだと思うよ。
素の自分を出したら幻滅されるかも、とか、そういう心配がないから。
ルドヴァニアの人たちはみんなそうだけどね。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
そうだね。王様じゃなくなった僕に対しても、オーエンやルドヴァニアの人たちは変わらずに接してくれてる…と思う。
記憶がないから分からないけど。
でも、そういう人たちが近くにいてくれると思うと、勇気が湧いてくる感覚がするよ。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
お金がなくなったら、あるいは面倒事に巻き込まれたら消えていく友人なんていくらでもいる。
どうか大切にしてね。
彼らのことも、自分のことも。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
自分のことも?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
うん。それすごく大事。
お師匠さまに叱られる。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
怖い?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
ほっぺつねられる。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
(案外可愛い…。)
想像してちょっとほっこりした。
案外ユニークな人なのかも、とユーエンは人物像を思い浮かべる。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
お師匠さまと君は、一緒。
君に何かあるとお師匠さま、心配する。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
そっか。叱られないよう気を付けるよ。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
うん。
未だに一度も姿を見たことがないが、少なくとも嫌われているわけではないようでユーエンは安心した。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
そういえば、イムはいつも顔を隠してるの?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
ん…目が、ちょっといや。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
目?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
蒼くなったの、なんかやだ。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
(なんか急に小さい子みたいな言葉になった。)
イムはまだ、その感情を上手く言い表せるほど正しく認識出来てはいないのだろう。
だが、何となく言いたいことは分かった。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
お師匠さま、思い出したくないかなって思って、顔隠してる。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
少しだけ見てもいい?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
見るだけなら。
イムはそう言ってフードを脱いだ。
少女と言われた方が違和感のない顔。
元々は両目とも赤色だったのだろうか、片方は禍々しい蒼色だ。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
確かに、普通の蒼色ではないね。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
お師匠さまも一度感染した。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
えっ、それって……
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
大丈夫、ウイルスの方はもう消えた。
僕の血、進行を遅らせたりすることくらいしか出来ないけど、その間にお師匠さまはウイルスを除去してた。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
なるほど…でも自我は保てていたの?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
うん。いつもより別の側面が前面的に出てて怖かったけど、たぶんそうやって制御してたんだと思う。
あとは、暴れる力がもう残ってなかった。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
力が残ってなかった…?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
僕、放浪してたから事情詳しくない。
けど、次会った時は活動するのもやっとなくらい追い詰められてた。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
(ミュリシェーラの創造主がそんなことになるなんて……)
ユーエンの難しい気配に気付いたイムは、大丈夫だと告げた。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
今は、少しくらいなら動ける。
ちょっと心配性の優しい子が見張ってるから、動けないだけ。
休んでたら、そのうちきっと姿を現すはず。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
本当に心配はないの?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
うん。この前も口説きに行くって言って椅子に縛られてたから。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
その言葉を聞くと何故かこの上ないほど安心する。
それくらいの元気があるのなら大丈夫だろう。
口説く相手はイルハーツ王だろうな…とユーエンは容易に想像出来た。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
今夜は眠れそう?
ふと、イムがそんなことを聞いてきた。
その問いにユーエンは目を丸くして、笑って頷いた。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
うん、君のおかげで眠れそうだよ。
ありがとう。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
よかった。睡眠大事。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
そうだね。君は眠れそう?
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
興奮して眠れないかもしれない。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
遠足前日の子供みたいにそんな…。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
王焔との勝負かかってる。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
あーそっち。
そりゃあ眠れないな、とユーエンは納得してしまった。
思考が徐々に寄ってきたのは気のせいだろうか。
イム・エシュトゥーラ
イム・エシュトゥーラ
でも、大丈夫。
君の守りたいもの、王焔の守りたいもの、僕も一緒に守る。
化け物狩りは、仲間と一緒に行うものだから。
イムはそう言って笑った。
その言葉にユーエンは笑顔で頷く。
ユーエン・ミラシーラ
ユーエン・ミラシーラ
ありがとうイム、僕も頑張るよ。
仲間───その言葉だけで胸が温かくなる。
昔の自分なら不信感を募らせて叫んでいたかもしれない。
聞く度に耳を塞ぎたくなった言葉が、今は不思議と勇気を与えてくれたのだった。

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