SEITO side
収録前の楽屋は、
いつもより少し騒がしかった。
ストレッチする音、笑い声、スタッフさんの足音。
その中で。
ナオが、俺の前に立った。
呼ばれただけで、分かる。
これ、いつもの軽いやつちゃう。
ナオは一拍置いてから、
俺の顔をじっと見た。
一瞬、息が詰まる。
——会うわけない。
…だって、会わんようにしてる。
そう言ってから、続ける。
一瞬、肩が固まる。
自分でも分かるくらい、露骨に。
声は出た。
けど、胸の奥が一段沈む。
——無理、してる。
その言葉が、頭の中で反響する。
目、逸らさせてくれへん。
“大丈夫?”
それが一番、答えに困るやつや。
逃げ道を残さへん聞き方。
ナオは小さく息を吐いた。
思わず、声が漏れる。
ほんまに不思議そうな顔。
淡々と。
でも、断定。
——胸の奥、鈍く音がした。
これ以上、何も言えへん。
ナオはそれ以上踏み込まず、
「そろそろ行こか」とだけ言って離れていった。
スタジオの扉を前にしても、
胸のざわつきは消えへん。
俺が、一番。
そんなわけない。
そう思いたいのに、
否定の言葉がひとつも浮かばん。
今日はまぜ部屋だけ。
メイクも最低限。
それに。
——今日は、あなたちゃんの担当ちゃう。
それだけで、
ほんの少しだけ呼吸が楽になった。
逃げるつもりはない。
ただ、今日は考える日。
そう決めた、その瞬間。
聞き覚えのある声。
反射的に顔を上げた自分に、
一瞬、腹が立つ。
——あなた。
私服。
スタッフ証も下げてない。
“仕事”として、ここにおるわけちゃう。
目が合う。
ほんの一瞬。
あなたは驚いた顔をしてから、
すぐに、困ったみたいに笑った。
その呼び方だけで、
胸の奥がきゅっと縮む。
声、ちゃんと出てる。
……多分。
それは、こっちの台詞や。
周りはざわざわしてる。
誰かの笑い声、
機材の音、
呼ばれる名前。
その合間に、
ほんの一瞬だけ、
視線が絡んだ。
あなたの顔。
元気、ない。
さっきの言葉が、
嫌になるほどよぎる。
——無理して笑ってる。
それ以上、言われへん。
言ったら、
踏み出してしまう。
踏み出したら、
もう戻れへん。
あなたは少し視線を落として、
逃げ道を、向こうが用意してくれた。
すれ違う、その瞬間。
ほんの少しだけ、
袖が触れた。
それだけ。
それだけやのに。
逃げへんって決めたのに。
“会わんかったら大丈夫”
そんな考え自体が、
もう逃げやった。
背中越しに聞こえる足音が、
少しずつ遠ざかる。
——追いかけへん。
でも。
——気づいてしもた。
もう、とっくに
戻れないところまで来てる。
ほんの少しだけでええ。
心の準備、させてほしい。
“何もしない”わけちゃうから
ただ、
“今”じゃないだけ。
——明日。
ちゃんと話す。
自分の言葉で。
自分の覚悟で。
そう思った瞬間、
もう後戻りはできへんってことだけは
はっきり分かってた。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!