第30話

逃げられない、もう後はない
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2026/02/09 13:05 更新
SEITO   side

収録前の楽屋は、
いつもより少し騒がしかった。

ストレッチする音、笑い声、スタッフさんの足音。


その中で。

ナオが、俺の前に立った。
NAOYA
…セイちゃん?

呼ばれただけで、分かる。
これ、いつもの軽いやつちゃう。
SEITO
ん?

ナオは一拍置いてから、
俺の顔をじっと見た。
NAOYA
最近さ…
NAOYA
あなたちゃんと、会ってる?

一瞬、息が詰まる。

——会うわけない。


…だって、会わんようにしてる。
SEITO
……いや
NAOYA
そっか

そう言ってから、続ける。
NAOYA
あなたちゃん、元気ないねんけど

一瞬、肩が固まる。
自分でも分かるくらい、露骨に。
SEITO
(…あんなに、みんな)
SEITO
(俺の前であなたちゃんの話題
 避けてんのに…)

SEITO
……そぉ?

声は出た。
けど、胸の奥が一段沈む。
NAOYA
うん
NAOYA
笑ってるけどさ、無理してる感じする

——無理、してる。

その言葉が、頭の中で反響する。
SEITO
……
NAOYA
でさ

目、逸らさせてくれへん。
NAOYA
これ聞くの、今さらかもしれんけど
NAOYA
… セイちゃん、大丈夫?

“大丈夫?”

それが一番、答えに困るやつや。

逃げ道を残さへん聞き方。
SEITO
……

ナオは小さく息を吐いた。
NAOYA
ナオな
NAOYA
あなたちゃんって
NAOYA
最初からセイちゃんのこと
好きやと思ってた
SEITO
……は?

思わず、声が漏れる。
NAOYA
え、逆に違うと思ってた?

ほんまに不思議そうな顔。
NAOYA
一緒に暮らしてたんやろ?
NAOYA
理由とか細かいことは知らんけど
NAOYA
好きじゃなきゃ、あそこまで出来ひん
淡々と。
でも、断定。
NAOYA
それ、アンタが
一番分かってると思ってたんやけど?

——胸の奥、鈍く音がした。

これ以上、何も言えへん。

ナオはそれ以上踏み込まず、
「そろそろ行こか」とだけ言って離れていった。
スタジオの扉を前にしても、
胸のざわつきは消えへん。
SEITO
(……分かってた?)

俺が、一番。


そんなわけない。

そう思いたいのに、
否定の言葉がひとつも浮かばん。

今日はまぜ部屋だけ。
メイクも最低限。

それに。


——今日は、あなたちゃんの担当ちゃう。


それだけで、
ほんの少しだけ呼吸が楽になった。
SEITO
(……よし)

逃げるつもりはない。
ただ、今日は考える日。

そう決めた、その瞬間。
あなた
…あ

聞き覚えのある声。

反射的に顔を上げた自分に、
一瞬、腹が立つ。

——あなた。


私服。
スタッフ証も下げてない。


“仕事”として、ここにおるわけちゃう。
SEITO
(……なんで)

目が合う。

ほんの一瞬。

あなたは驚いた顔をしてから、
すぐに、困ったみたいに笑った。
あなた
……セイトくん

その呼び方だけで、
胸の奥がきゅっと縮む。
SEITO
……どうしたん?

声、ちゃんと出てる。
……多分。
あなた
今日、別件で来てて
あなた
まさか会うと思ってなくて

それは、こっちの台詞や。

周りはざわざわしてる。

誰かの笑い声、
機材の音、
呼ばれる名前。

その合間に、
ほんの一瞬だけ、
視線が絡んだ。

あなたの顔。

元気、ない。

さっきの言葉が、
嫌になるほどよぎる。

——無理して笑ってる。
SEITO
……そっか

それ以上、言われへん。

言ったら、
踏み出してしまう。

踏み出したら、
もう戻れへん。

あなたは少し視線を落として、
あなた
……じゃ、先輩待たせてるから

逃げ道を、向こうが用意してくれた。
SEITO
……うん

すれ違う、その瞬間。

ほんの少しだけ、
袖が触れた。

それだけ。

それだけやのに。
SEITO
(…あかん)

逃げへんって決めたのに。

“会わんかったら大丈夫”
そんな考え自体が、
もう逃げやった。

背中越しに聞こえる足音が、
少しずつ遠ざかる。

——追いかけへん。

でも。

——気づいてしもた。

もう、とっくに
戻れないところまで来てる。
SEITO
(もし神様おるなら……)
SEITO
(今日まで、許してほしい)

ほんの少しだけでええ。
心の準備、させてほしい。

“何もしない”わけちゃうから
ただ、
“今”じゃないだけ。

——明日。

ちゃんと話す。

自分の言葉で。
自分の覚悟で。


そう思った瞬間、
もう後戻りはできへんってことだけは
はっきり分かってた。

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