チャクロside
正直、俺も選ばれるとは思ってなかったけど、外の世界を見ることができるのは嬉しい。
サミはそう言って、自分の胸を叩く。
今回流れてきた島は、約半年ぶりの島で、陸には大きな建物があり、どこか泥クジラに似ているようにも思える。
サミが笑顔で俺に言う。
俺たちは期待に胸を踊らせながら、その島に上陸した。
「「「………!」」」
ズサザザッ!!
俺が必死になってそう言うと。
マソオさんの言葉に皆、渋々ながら頷いた。
サミに服を渡すと、横たわる彼女とサミに背を向けて、砂海の果てを眺めた。
胸にあった傷は確かに深かった。
だけど、既に塞がっていて、その傷が原因で倒れたとは言いがたい。
…彼女が情念動で、襲ってきたことは言わないでおこう。
きっと彼女だって、俺が急に現れたからびっくりしたんだ。
ポツ…ポツポツ
雨は泥クジラの貯水池に蓄えられ、私たちの大切な生活の糧になる。
また雨天は吉兆と言われていた。
だんだんと近づく泥クジラの真上に、大きな虹がかかっていた。
うん、そうだね。
俺はサミの言葉を強く共感した。
この少女が、私たちに誰もが知らない未来を連れてきてくれるのかもしれない。
私たちは強くそう思った。
オウニside
すっかり慣れたことも、この頃はとてももどかしくなる。
特別何がというわけでもないが、ふとした瞬間にそう思う。
それがどんなに些細なことでも、それがどんなに今まで面倒だったことでも。
そんなことを考えていたら、いつの間にかここへ近づいてきた人たちの足跡さえも聞こえていなかったようで、俺はおもむろに目を開ける。
俺たちは次々と立ち上がり、僅かだけ日の漏れるその場を後にした。
俺が先頭を歩き、仲間たちが口々に監獄から出た感想を述べながら、地上へと階段を上っていく。
叱るような口振りで、スオウはそう唱えた。
キチャは、そんな言葉に納得いかない、という態度でスオウを侮蔑した。
そうだ。
今までもそうだった。
これからもそうだ。
限られた時間なら、尚の事。
狭くてちっぽけなこの船に、違うも何も無い。
そう思い続けている。
だけど、少なくとも何かひとつくらいは違うと感じている。
俺は、それが何かを分かっているようで、知らない。
俺は階段を上っていた脚を止め、振り返る。
信じられないと思いつつも、それ以上に歓喜の表情でスオウに食い付く。
ドンッ!!!
パラパラ…
仲間や、スオウ、記録係が俺に注目する。
どんな世界なんて今は知らない。
最初からやっていけばいい。
俺たちは自分で答えを見つけに行く。
誰がなんと侮ろうと俺たちは…
俺は、砂塵の先の世界に手を伸ばす。
頼ったところで、誰が教えてくれる?
教えてくれたなら、既に答えはあるんだ。
答えがないなら探しに行けばいい。
そんなにこの船が好きか。
そんな執着、俺にはない。
俺には仲間がいればいい。
俺は上っていく。
ここに足りない仲間の元へ。
世界がどうとか、今はそれを捨てていた。
ひどくやつれてないか、もしくはちゃんと起きているのか、本当はそれだけしか思えていなかった。
だから足早になる。
後ろの仲間を置いて行く。
本当にすっかり慣れたことが、もどかしくなった。
あいつを不安にさせるなら、あんな監獄、入りたくもなくなる。
この時そこまで考えていたとは言えないが。
砂混じりの空気が身体全体を包み、流れ込む。
外は眩しい。
俺たちは、雨が降ったおかげで虹がかかり、釈放となった。
雨…か。
蒼い空が眼前にひろがる。
雨の名残も何もない、快晴の空があった。
それでも脚は止まらない。
俺は迷わずヒゲ広場へと進んだ。
独り占め…なんて、柄じゃない。
だが、今は来ないでくれと願っていた。
思っていたより、すぐに見つけた。
やはり、アジトにはとどまっていなかったようだ。
ヒゲ広場の壁の前で、膝を抱えて座るあなたに近づく。
あなたの前に立って名を呼ぶと、優しい声でそう言った。
顔を上げず、ずっと膝を抱えたままのあなたに違和感を覚える。
どういうことだ?
やはり、怒っているのか?
だが、俺だって長らく見ていなかったあなたの顔を見たい。
俺はあなたの前にしゃがみ、その前髪をかきあげる。
そう言って顔を背けたあなたの頬を、グイッと持ち上げて、目を合わさせる。
俺は固まってしまった。
なぜなら、あなたが俺の顔を見た瞬間、ポロポロと涙を流しだしたからだ。
どうしたらいいのか…。
俺は動揺して、とりあえず手を離した。
だが、今度はその手のやり場に困り、不自然に首の裏を触ったり、あなたに触れようとしてやめたりしてしまっている。
なんだ。
この感情は。
ウイジゴケがザワザワと動き出した。
涙を拭ったあなたは、ようやく笑った。
俺が一番願っていた、あの顔だ。
そう言いながらも、嬉しそうに顔を綻ばすあなたに、俺も知らぬ間に微笑んでいた。
あなたは泣き止んだ後、真剣な声色で俺に問いかけた。
正直、俺が行くといえば、何となくそう言いだすとは思っていたが、危険が伴わないわけでもない。
そして、まずやらなければならないことがある。
あなたを連れていくとして、その人間が長老会と共にいたとする。
要はそこからかっさらうわけだが、あなたは長老会に9年前の『借り』がある。
俺が危惧しているのは、それを裏切る行動をさせるのは、あなたとしては避けたい所だと考えているからだ。
俺が手を出すと、あなたはそれをしっかりと握り返し、立ち上がった。
相変わらず、あなたは俺の先を読む。
直感は当たるし、それで俺を説得させる。
彼女の意思は固い。
だが、それ以上に俺は強く思っていた。
握った手の小ささと、泣き顔は俺だけが知っていればいい。
俺の動揺は、あなただけが知っていればいい。
あなたへの感情は、俺が知っていればいい。
だが、決してあなたには教えない。
お前が俺に思っている以上に、俺はあなたに会えたことが、とても嬉しかったなど。
空は紅く染まり始めていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。