後宮の南側、上級妃たちの宮が勢揃いする区域。
その一角に、上級妃の宮に見劣りしない美しい棟があった。
その名も、《月花棟》。
棟の中でも広い敷地。
贅を尽くした、豪華でありながらも上品な調度品。
ツキミソウが至る所に植えられた、風流な庭。
そこを訪れた誰もが、この棟の主人はどれほど美しいのだろうと想像する。
入ってみては如何だろう。
階段を登り、少し進んだ先に一層豪華な一室がある。
そこにあるのは、ツキミソウが生けられた花瓶があり、その横に豪華な寝台がある。
そして、その寝台の傍には、1人の妃の肖像画があり。
この部屋、この棟の主人は、大体寝台に寝そべり、肖像画をうっとりと眺めている。
主人の名は、あなたの苗字あなたの下の名前。
その名がまさに相応しい、《誰もが見惚れるほど美しい》と囁かれた愛らしい妃。
淡雪のように白く、透き通った肌。
色素の薄い、窓からの光を反射して輝くさらさらの髪。
硝子玉のように美しい瞳。
華奢でありながら、胸元は豊かな女性の夢を体現したかのような肢体。
この茘の国の血と、北方の民族の血が入っているであろう、異国情緒溢れる少女。
黙ってさえいれば人形のように美しい、数え18であるはずなのに大人びた、中級妃。
しかし、話す内容の精神年齢は12歳程度であった。
そばに控えていた侍女頭らしき少女が、咎めるような声を出す。
声すらも透き通った、美しい声。
彼女は重度の梨花オタクだった。
取り返しのつかないくらい。
犀は、少しだけ言い淀んだあと、呟く。
それは、あまりにも残酷な言葉だった。
あなたの苗字あなたの下の名前。
帝のお通りが1週間絶えたことはないと言われるほどの寵妃。
家柄も名持ちの一族《あなたの苗字の一族》と申し分がなく、きっといつかは上級妃となる娘だ。
例え彼女が、自由を望み、梨花を敬愛していたとしても。
すべてが、「はしたない」の一言で片付けられる。
あなたの下の名前は、重々しく呟いた。
仮にも、貴族子女教育を受けてきた淑女だ。
しおらしい彼女の姿を見て、犀は少しだけ自分の言葉選びを後悔した。
自分がどれだけ彼女を敬愛して、彼女を上級妃にしようと奔走しても。
結局、彼女の邪魔にしかならないのであろう。
面倒な主人だと思う。
たとえ本家本流当主の娘だからと言って、ここまで尽くす理由は、多分、ない。
しかし。
自分が、自分の家が、彼女に救われたことがあるから。
だから、犀は、彼女に尽くすことをやめられない。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。