第3話

第三章 息を整えるふり
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2026/01/25 15:00 更新
部活を辞めようと決めてから、部活を休む頻度が増えた。

親には、休んでいると一言も言わなかった。そんなことを言えば、どうして休むのか、なぜ続けられないのかと理由を求められるのが分かっていたからだ。きっと理解されない。そう思っていた。

休む日は、決まって学校の自習室にいた。

うちの高校にはいくつも自主学習用のスペースがあって、一番大きな自習室は設備も整っていた。冷暖房は効いているし、机も広くて、椅子の座り心地も悪くない。勉強するには、たぶん理想的な環境だったと思う。でも、天井が高くて、視界が開けすぎていて、その場所は私には落ち着かなかった。誰かに見られている気がして、呼吸が浅くなる。


廊下で勉強することも考えた。けれど、朝に廊下でノートを開いていたとき、たまたま顧問と目が合った日のことを思い出して、やめた。何も聞かれなかったのに、胸の奥がざわついて、逃げるように教室に戻ったあの日の感覚が忘れられなかった。


そんなとき、偶然見つけたのが第二自習室だった。

今まで存在すら意識していなかった部屋で、校舎の隅の方にひっそりとあった。奥の席には一つ一つ仕切りがあって、照明も少し暗い。冷暖房も最低限で、正直、勉強環境としては良いとは言えない場所だった。でも、人が少なくて、声もほとんど聞こえない。

その空間が、今の私にはちょうどよかった。

そこが、いつの間にか私の定位置になった。

この場所にいれば、自分でいられた。

部活を休んでいる罪悪感も、「今は休む必要があるだけ」と言い聞かせることができた。

自分を守るための口実を、自分自身に与えてあげられる場所だった。

課題をしたり、予習や復習をしたり、時には受験勉強をした。部活が終わる時間が近づくと、部員と鉢合わせしないようにタイミングを見計らって学校を出る。それが、いつの間にか日課になっていた。


どうしてもしんどい日は、勉強もしなかった。

イヤホンをつけて、音楽を流して、ただぼんやりと時間が過ぎるのを待った。

毎日学校に来ているだけでも偉い。今日はちゃんと生きている。 

そうやって自分を肯定してあげなければ、何か大事なものを失ってしまいそうだった。

そんな毎日を、ある曲が支えてくれた。

たまたま見ていたドラマの主題歌だった。歌詞は正直、全部は理解できなかった。
でも、

「止まってしまうほどの強風はない」

その一行だけで、足を前に出せた日が何度もあった。

今はつらくても、つらいのは今だけ。終わりが見えなくても、見えていないだけで、きっとすぐそこにある。そう信じて、苦しい日々をやり過ごした。


夜、眠れない日が続いた。

身体は疲れているはずなのに、意識だけが冴えてしまう。

金縛りのように動けなくなることも増えた。眠れなくて、寝るのを諦めた頃に、気づけば朝になっている。そんな毎日が続いて、最初はただのストレスだと思っていた。でも寝不足は授業に影響し始め、気づけばそれが当たり前の日常になっていた。


ーーー苦しい、つらい。
そんな言葉を誰かに言えたら、少しは楽になるのだろうか。誰と話していても、何をしていても、現実から少し浮いているような感覚があった。食欲は落ちて、ご飯の味なんてしない。気分も上がらない。何をするにも、やる気が出なかった。

それでも毎日を生きるのに必死だった。

明日のことなんて考えられない。ただ今日を終わらせるために、一歩ずつ進んでいた。

そんなとき、私を別の世界に連れていってくれるものがあった。

ドラマだった。画面の中の誰かの人生を追っている間だけ、自分のことを忘れられた。現実逃避でもよかった。それでも、その時間だけは、確かに息ができていた。
いつしかその世界の人になりたいと、本気で考え始めていたのもこの頃だった。


症状がひどくなることはすくなくなったわけでもなく、続いていた。だけど、そんな生活も長くは続かなかった。自分から変わらなければいけない日は着実に近づいていた。


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