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第4話

感情
69
2023/11/26 12:43
実験体10008
ねえねえこれ見て!!
実験体10009
ん…?
実験体10008
すごくない!?
そう言って彼女が取り出したのは、1冊の雑誌。
実験体10009
これって…「ハイカラウォーカー」?
実験体10008
そう!イカしてるよねー!
「ハイカラウォーカー」は、地上のイカ達の雑誌。地下にいるタコには手に入る物ではない。ましてや、私達見習いタコゾネスなんて。
実験体10009
何でここに?
実験体10008
ここに来たイカがくれたの!確か…さんご?だっけ?
実験体10009
そうなんだ…
珊瑚?よく分からないが、イカに貰うなんて、やっぱりハチらしいな。
実験体10008
私ね、いつか地上に出るのが夢なんだ!
実験体10009
地上に?
実験体10008
うん!地上の"空"、綺麗らしいよ。
実験体10009
空…
空という物を、私達タコは見たことがない。見れない。
と言うのも、地上をイカ達に取られてしまっているからだ。
大昔のバトルで、私達タコが負けてしまったかららしい。
…どうして争うのだろうか。一緒に平和に暮らせばいいのに。
そんなことを考える。
すると、それを見透かしたようにハチが言う。
実験体10008
イカもタコも、同じ生き物なのにね。何で一緒に暮らせないんだろう。
そう言った彼女の横顔は、今までの言動からは考えられない程に、悲しい表情だった。
実験体10009
…そうだね。どこで間違っちゃったんだろう。
実験体10008
いつかさ、私達でイカとタコが共存できる世界にできるといいね!
実験体10009
何それ。
そう言って私は笑う。
"笑おうとする"。
実験体10008
実験体10008
あのさ、
実験体10008
無理に笑わなくていいんだよ?
そうすると、ハチが不思議そうな顔をして、話しかけてきた。
実験体10009
無理に…?
実験体10008
うん。今の君の顔…なんというか、表面は笑ってるんだけど、奥底では笑ってない。
実験体10008
無理やり仮面を被せてるみたいな…
その通りだ。
私は笑えない。繕うしかない。
どんなに悲しいことがあったって心からの涙は出てこない。
少し沈黙が続く。
ハチが我に帰ったように言う。
実験体10008
あ…ご、ごめん
実験体10009
…大丈夫。
実験体10009
ごめんね、ハチ。私、感情がないの。
実験体10009
嬉しいことなんて一度もなかった。○○がいなくなった時だって悲しくなかった。泣けなかった。
実験体10009
ごめん……
今だって何も感じない。
脳内にインプットされた文章を口に出しているだけ。
…何も感じない。
実験体10008
大丈夫。大丈夫だから。
そう言って私の背中を優しく叩くハチの手は、とても暖かかった。
実験体10009
…うん…
これでも何も感じない私は、とても薄情だ。

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