あなたの下の名前side
そう、思っていたのだけれど。
金色に満ちた夕暮れの教室。伸びる、二人分の影。その距離は、ゼロに限りなく近い…はず。なぜ「はず」なのかといえば、それは私自身が抱きしめられている側にいて、それを客観的に見ることができないから。そして、抱きしめている側には、私がずっと友達だと思っていた相手…、真人が、いた。
掃除終わり、帰宅部の私が今日は帰ろうかと思い教室を出たとき、真人に呼び止められた。そして、そのまま…、今の状況に至る。
真人の、女の子みたいに細長く整った指が、私の髪に、壊れ物でも触るかのように触れる。
その仕草に、体温が一気に上がる感覚はするのだけれど、それ以上にどこか怖さがあった。それは、きっといつも男らしいことなぞしなかった真人が今こうして私を抱きしめていることに対してと、もうこのまま前までには戻れないのではないか、という恐怖で。
……思わず、涙が出た。
それを見て、真人は私から距離をとる。瞬間、さっきまで私の体温を上げていた熱が消え、鳥肌が立つ。
ごめんね、ともう一度真人は言うと、今度はただ優しく、開いた手のひらで私の頭をぽんぽんと撫でて去っていく。去り際、彼が見せたその儚げで不安定で不自然な笑顔にまた、恐怖がよみがえる。
……変わらないで、そのままの関係でいることができないのだという恐怖がまた、私の胸に薄く広がる。
あれから、真人と話すことは減ってしまった。私自身は、避けているつもりはない。だからおそらく、彼の方が、避けているのだと思う。…そりゃ、彼からしても、告白して泣かせてしまった相手なのだから、接触に慎重になるのも当然といえば当然だった。
私としても、なぜあのとき涙がこぼれたのか、よくわかっていなかった。
変わらずにいたいという気持ちだけじゃなくて、何か…、その、3人の均衡が崩れることを極度に恐れる私がいるのも確かだった。
その3分の1が、前の席に反対にまたがりながらそう問う。
その瞳に、情けなく眉を下げた自分の姿が映り。それが、私を弱くする。それで思わず、呟いてしまった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。