第98話

093.世の中は…② 🕺(🐧)
207
2023/11/19 11:00
あなたの下の名前side



そう、思っていたのだけれど。


金色に満ちた夕暮れの教室。伸びる、二人分の影。その距離は、ゼロに限りなく近い…はず。なぜ「はず」なのかといえば、それは私自身が抱きしめられている側にいて、それを客観的に見ることができないから。そして、抱きしめている側には、私がずっと友達だと思っていた相手…、真人が、いた。


掃除終わり、帰宅部の私が今日は帰ろうかと思い教室を出たとき、真人に呼び止められた。そして、そのまま…、今の状況に至る。
廣瀬真人
ごめんね、でも俺、ほんとに本気だから。…絶対、あなたの下の名前ちゃんのこと大切にするから。
廣瀬真人
だから、俺と付き合って…?
真人の、女の子みたいに細長く整った指が、私の髪に、壊れ物でも触るかのように触れる。


その仕草に、体温が一気に上がる感覚はするのだけれど、それ以上にどこか怖さがあった。それは、きっといつも男らしいことなぞしなかった真人が今こうして私を抱きしめていることに対してと、もうこのまま前までには戻れないのではないか、という恐怖で。


……思わず、涙が出た。
廣瀬真人
っ、ごめん、急だったよね。
それを見て、真人は私から距離をとる。瞬間、さっきまで私の体温を上げていた熱が消え、鳥肌が立つ。
あなた
いや、ごめん、嫌とかじゃなくて…、その、びっくりしちゃって。
廣瀬真人
いやいや、俺の方こそごめん。…全然、返事とか急がないし。
ごめんね、ともう一度真人は言うと、今度はただ優しく、開いた手のひらで私の頭をぽんぽんと撫でて去っていく。去り際、彼が見せたその儚げで不安定で不自然な笑顔にまた、恐怖がよみがえる。


……変わらないで、そのままの関係でいることができないのだという恐怖がまた、私の胸に薄く広がる。
あれから、真人と話すことは減ってしまった。私自身は、避けているつもりはない。だからおそらく、彼の方が、避けているのだと思う。…そりゃ、彼からしても、告白して泣かせてしまった相手なのだから、接触に慎重になるのも当然といえば当然だった。



私としても、なぜあのとき涙がこぼれたのか、よくわかっていなかった。
変わらずにいたいという気持ちだけじゃなくて、何か…、その、3人の均衡が崩れることを極度に恐れる私がいるのも確かだった。
島雄壮大
なーなー、あなたの下の名前ー。なんかあった?
その3分の1が、前の席に反対にまたがりながらそう問う。
あなた
んー、あったっちゃあったけど…。
その瞳に、情けなく眉を下げた自分の姿が映り。それが、私を弱くする。それで思わず、呟いてしまった。
あなた
壮大はさ……、変わってしまうことを、怖いとは思わない?

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