壮大side
伏目がちに何か懺悔でもするかのように彼女は言う。
心当たりは、あった。というか、心当たりしかなかった。この前、たまたま真人と二人で帰ることになった時、彼があなたの下の名前を好きだと打ち明けられて。そして、きっとつい最近告白したであろうことは、鈍感だとよく言われる俺でも予想がつく。
…正直、真人がうらやましかった。彼と同じようにあなたの下の名前を特別に思っている俺だが、それを出す気はずっとなくて。気はないというよりかは、勇気がないのだということも自覚していたから、真人に何歩も先を行かれた気分だった。
あなたの下の名前の表情が、少しほっとしたかのように緩む。
…次の言葉は彼女を傷つけるかもしれないと思いながらも、でも、それは自分に言い聞かせるためでもあって、だから、俺は言葉を選び取る。
あなたの下の名前side
珍しく真剣な顔をして。大体感覚でこなすせいであんまり考えることが得意じゃないくせにじっと考え込んで。
その、らしくない壮大の姿に、ぎゅっと胸が締め付けられる。
明らかに狼狽する壮大に、愛しさと幸福感をかみしめながら、私は笑う。
…そうだ、ずっと、あの関係性が変わりたくないと思っていたのは。
それが揺らいでしまったその時、近頃芽生え始めていた壮大への気持ちが、表に出てしまうのが怖かったからだ。
3人での友人関係に満足を感じながらも、心のどこかでは壮大の特別な女の子になりたいという思いが、あったからだ。
声を抑えるようにして笑った壮大が、こちらを澄んだ瞳で見やる。
変わらない未来のために、進んでいく。
もう、元のようには戻れないかもしれないけれど、でもそのときできる一番の私たちを、作っていきたいから。
だから。
時間はかかるかもだけど…、ちゃんと壮大に、好きって伝える。
093.世の中は 常にもがもな 渚こぐ
あまの小舟の 綱手かなしも
鎌倉右大臣(源実朝)
世の中がずっと変わらないでいてほしい。波打ち際で漁師の小さな船の引き網を引いている姿がしみじみといとおしく感じられるなあ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。