あなたの下の名前side
おはよー、と学生や社会人的にはおそらく遅め時間帯の挨拶をすれば、彼からも同じような、いや、私以上にけだるげな挨拶が返ってくる。
自他共に認めるこの常に気だるげな男は池亀樹音。私と同じゼミに所属している大学3年生。
ただ、こんな態度にもかかわらず人気は高く、その理由はおそらく文学部でそもそも男子がレアというだけではきっとない。…その、モデルばりのスタイルと、顔の良さも一役買っている…はず。
事実、私の友達でも彼を見てキャーキャー言っている子はたくさんいるし、だから、断じて私が彼のことが好きだから誇張表現をしているというわけではない。
そして、彼自身私が自分のことを意識しているだなんてことはおそらくこれっぽちも思っておらず。
だからこそ、だろうか。
私は彼の、良き相談相手および急な飲み会の呼び出し要員、どまりである。…しかも、彼には彼女さんがすでにいて、太刀打ちなんて、できっこない。
そして、その日も、いつものように相談相手として学生食堂に誘われた私。一番安いかけうどんを私が注文し、席に着いた瞬間、こう切り出された。
こういうことは、よくある。樹音くんにはその特性上私以外の女子の友達がいないらしく、こういった恋愛面で女子目線が必要な時、彼は間違いなく私に頼る。
…私がどう思っているかなんて知らずに。
ちなみに今年は目の前のこいつだ。
樹音くんはコップに残っていた水をぐいっと飲み干すと、憂いのある表情でこちらをじっと見てくる。
イケメンでモテる。そのせいで、樹音くんの周りに集まる女子は…、もちろん全員がそうというわけではないけれど少なくとも下心があって近づいてくる女子は、性格が終わっている場合が多い。実際、そのせいで彼はこれまで結構こんな感じで苦労している。そしてそれを、私は毎回相談に乗ったり慰めたりしているわけで。
良き相談相手および急な飲み会の呼び出し要員。身の程知らずかもしれないけれど。でも私なら、あなたをちゃんと愛することができるのに。
いつも思っていることが、私の頭をよぎって。そして、気づけばうっかりそれを口にしていた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!