第106話

045.あはれとも…② 🐲
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2024/04/27 11:00
竜平side


あなたの下の名前の顎先に触れて、それだけで、色々やっちゃったな、と自分で思う。


どれだけ誰かにフラれたとか、告ったとか、気になってるとか、モテたいとか。
そんなことを並べてみたって、実際中身が伴っていたことはなかった。


あなたの下の名前以外にならべつにフラれてもいい。
あなたの下の名前以外にまともに告白する理由なんてない。
あなたの下の名前以外の女子を気になることはない。
……正直、あなたの下の名前以外にモテたいとも思わない。


でも、そうやって色恋的な話題を持ち掛ければ、あなたの下の名前だって俺の気持ちに気付いてくれるんじゃないか、もしかしたら、妬いてくれることもあるかもしれない、なんて淡い期待を持って、嘘と空だけの言葉を並べた。


でも。……それであなたの下の名前から距離を取りたいと言われるとは思ってもみなかった。
黒田竜平
これでも気付かない?
そのまま指を顎のラインに沿わせて何往復かする。今が放課後、人のいない時間帯で良かったなと思う。
あなた
え……、え、竜平……?
あなたの下の名前は、困惑しながらも俺の言いたいことが少しずつ分かってきたらしい。林檎の様な赤い頬に、思わず自身の頬が緩む。
黒田竜平
俺さ、普通にずっとあなたの下の名前が好き。
告白するには、あまりに慣れすぎてるかもしれないけど。
好きだというには、あまりに俺はしょうもない嘘ばっかついたかもだけど。


でも、戻ってくる場所はここでありたいから。
あなた
えぇっ……、いつから……?
黒田竜平
ずっと前。中学入るときにはもう目で追うくらいにはなってた。
実は小学生からだ、というのは本気度が足りないような気がして、あえて言わなかった。
あなた
でもずっと別の子に告ったとか言ってたじゃん……。
黒田竜平
あれは……、
本当のことを言うか、それとも適当にごまかすか……。
鈍感な彼女のことだから、きっとごまかすのだってさほど難しくはないだろう。でも。
黒田竜平
俺が悪かった。でも正直ぜんぶ本気じゃなくて、あなたの下の名前の気を引きたかったっていうか、なんというか……。
あなた
ねえ……分かんないよ。
そういえば、元々潤った瞳を、さらにうるうるさせながら俺の方を見る。


わからない、と言うのは、俺がそんな嘘をついた理由についてだろうか。そう思って、これからどう説明しようかと考えていたら、ふとあなたの下の名前に袖を掴まれた。


そのせいで、俺は彼女の顎を、彼女は俺の袖を持つという、アンバランスな状況になる。
あなた
竜平のことが好きなのか、私分かんない……。
その答えに……想定していたものとは異なるそれに、胸がきゅっと締め付けられた。そういえば俺、今告白したんだよな、と嫌に冷静に客観的に、その事実が思い出される。
黒田竜平
そっか、そうだよな。
あなた
いや、そのっ、だから駄目とかじゃなくて……。
あなた
……好きって分かるのに、時間、かかるかもだけど。
あなた
その間、一緒に居たいなぁって……。
黒田竜平
……。
どちらともつかない曖昧な答えと、でも確かに俺の目を見て伝えたこと。
黒田竜平
あー、もう、可愛いかよ。
それがどうにも彼女らしくて、いじらしくて。
俺は彼女のつやつやの髪の毛を乱暴に撫でまわした。


たとえ、時間がかかったとしても。
最後の結末は俺が決めたのだから、焦ることなんてない。
045.あはれとも いふべき人は 思ほえで
     身のいたづらに なりぬべきかな
      謙徳公(藤原伊尹)


かわいそうだと言ってくれそうなあの人のことが思い浮かばずに、私はきっとむなしく死んでいくことになるのだろう。

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