第103話

089.玉の緒よ…② 🐲
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2023/11/29 11:00
竜平side
いつものように、少し気だるそうで塩対応だけどまあ彼女には甘い、みたいな彼氏像を演じ続ける帰り道。…最近思う、正直これは性に合わない。
黒田竜平
あなたの下の名前、今回俺小テスト引っかかってさ…、数学教えてくれない?
あなた
珍し…、あ、うん、いいよ。…竜平いつ暇?
黒田竜平
たぶん…、大会終わったばっかだし、県大会までまだ時間あるから、金曜日とかは大丈夫だと思う。
あなた
じゃあ…、今週の金曜家来る?ちょうど両親旅行でいないから…。
黒田竜平
あなたの下の名前がいいんなら行きたい。…てかついでに泊っていい?
あなた
えー…、んー、いいよ?
最初の口実…、ファンの子から猛烈なアプローチを受けていて、その子を誤魔化すためにニセモノの彼女がいるという話。あれは、半分本当で半分嘘だった。…ファンの子からのアプローチは実際あったけど、そこまで迷惑しているというわけでもなかったから。


じゃあなんで、あなたの下の名前にあんなことを持ち掛けたかといえば。それは、彼女が元カレから何度も復縁を求められて、困っているのを知っていたから。単純に助けたいと思ったのと…、あと、実を言えば彼女がずっと好きだという潜在意識もあった。


だから、今の、こうやって一緒に帰ったり勉強会をしたりといったカレカノ的なそれは理想的だった。でも最近、もっともっと欲張りな俺が顔を出し始めて。気づけば、今の偽りのままでは、…心の距離を保ったままでは、居られなくなってきた。
あなた
竜平、聞いてる?
黒田竜平
あ、ごめん、考え事してた。
あなた
いや、私こそごめん…、しょうもない話だから、大丈夫。
ほら、こうやって、ふとしたときに相手に気を使わせてはいけないというブレーキがかかって、お互いの心は距離をとる。


でも、それをずっと打開できていないままなのもまた事実だった。
……歩いていれば、どれほど願っても、目的地には到着してしまう。
あなた
そろそろ駅だから…、じゃあ、また明日。
黒田竜平
ん、…あなたの下の名前。
あなた
ん?
黒田竜平
また明日ね。…明日は部活あるから一緒に帰れないけど。
あなた
あ、うん、わかった。…じゃ。
その溌溂とした声に合わせて、そっと遠慮しがちに握られていた手が離れる。白くて、綺麗で、そして温かいその指が、俺自身のそれから離れたとき、無性に、もう一度その手を取りたい気分になった。


でも、そもそも逃げて付き合ってもらったような男にそんな勇気があるはずがなくて。また今日も、その手を追えないのだろう。

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