この人がお前の新しいお母さんだぞ、と言って父が突然家に女の人を連れてきたのは、私が7歳の時だった。嫌な予感しかしなかった。でも、その予感は、当たることになってしまう。
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新しい母親、かおりさんは、私のことが嫌いなようにしか見えなかった。理由はわからなかった。特に、5歳の時に亡くなった実の母親の話をするときには、一層嫌な顔をされた。
5歳とはいえ、実の母親は優しさの権化のような人だったから、記憶にはっきりとしみ込んでいる。いつもいろんなところに連れて行ってくれたり、ほしいものは何でも買ってくれたり。いつでも私のことを一番に考えてくれた。
だからこそ、新しい母親とのギャップはとても大きかった。頼んでも、めったに欲しいものは買ってくれなかったし、一緒に出掛けたこともなかった。あとに生まれた8歳年下の腹違いの妹の方が、ずっと愛されていたと思う。
それでも私は、毎日を精一杯過ごした。家は地獄だったけれど、学校の友達は私の家庭のことをわかってくれていて救われたから、つらい時もあったけれど高校入試で無事第一志望に合格できた。友達や先生、愛はなくてもお金だけは出してくれた両親には感謝している。
「りな。お母さんからプレゼントがあるの」
ある日渡されたプレゼントボックスを、私は不審がった。当たり前だ。今まで何一つくれなかった母親が突然渡してきたのだから。
「…ありがとう」
ふたを開けると、最新機種のスマートフォンだった。
「合格祝いよ。高校になったら、いろいろ必要になるでしょ」
「ありがとう」
部屋に戻って使ってみると、初期設定はほとんど終わっている状態だった。私はスマホだからと、その時点で安心しきってしまった。まさか、このスマホを使ったせいで、あんな目にあうなんて思いもしなかったのだ。
***
「じゃあまたね」
「うん。また月曜日ね」
5月、高校生活にもなれて、スマホもつかいこなしていたころだった。新しくできた友達のありさと、カラオケに行った帰り道。いつもは乗らない地下鉄に乗って、乗り換えがめんどくさいという理由で家から30分くらいのところにある駅で降りた。さすがに道がわからず、私はマップアプリを起動させた。
家までそのナビに従って歩いていたのだが、だんだん家が少ないところに出てきてしまった。本当にこの道でいいのだろうかと思いつつも私は信じて歩き続けた。カーブしたトンネルに入ると、だんだん寒くなってきた。日が暮れたからだろうと思った私は気にせずにトンネルを抜けた。それが、間違っていた。トンネルを抜けた先には、明らかに違う世界が待っていた。
あたりを見渡しても、何もない。ただ、枯れた草原が広がっているだけだった。
恐ろしくなって、引き返そうとすると、目の前に現れたのは大きな狐だった。
「ひっ!」
「叫ぶ必要はありません。わたくし、怖いものではないのですから」
私は狐の横をすり抜けて、トンネルに入ろうとした。しかし、トンネルはそこにはなかった。確かに、ここから来たはずなのに。
「え?」
「もと来た道は、塞いでありますよ」
「か、帰らせてください」
「これを成し遂げたら、どうぞ」
狐から渡されたのは、紫色の封筒と、ライターだった。
「プレゼントです。開けてみてください」
封筒を開けると、印刷の薄くなりつつある写真だった。よく見ると、私と実の母親が写っている。楽しそうに、無邪気な笑顔で写っている私の姿に、思わず胸にこみあげてくるものがあった。
「あの頃は…幸せだったな…」
そう呟くと、狐ははあ、とため息をついた。
「では、その写真をこのライターで火をつけて焼いてください」
「ええっ!?」
衝撃の指示をされて、写真を取り落としてしまった。ばらばらと散っていく写真たちは、濃くはっきり写るものから、一部薄いものなど濃さがまちまちだった。全部拾い集めてから、私は抗議した。
「どうしてですか!?こんな写真、焼けません!無理です!元の世界に帰してください!」
「無理です。この写真を焼いて元の世界に戻るか、写真を焼かないでそのまま飢えて死ぬか。2択です」
何を言っても通用しそうになく、私は絶望した。思い出を形にした写真を焼くなんてできない。それが、今の母親とのものならいいけれど、実の母親とのものなら絶対にできない。でも、こんなところで飢えて死ぬのも嫌だ。
「相当お悩みのようで。落ち着いて考えましょう。貴方は今、15歳、高校1年生です。これから先の未来は、もちろんあります。青春だってまだ終わっていませんよね。ここで終わらせていいのですか」
「でも、思い出だって大事なんです!未来も大事かもしれませんけど、過去も同じだけ大事です!過去があるから未来があるんですよ!」
「その写真すべて、それだけが過去なんですか?ここに来る直前のことだって、過去ですよ」
私は狐に必死に主張した。だけど狐は何も聞かなかった。
「その写真だけが大事なんですか?それがすべてなんですか?」
「ですけど…」
私はもう返す言葉がなかった。何も言えなかった。完全に、負けてしまった。もう、狐の言うことに納得しかけている。これ以上は無理だ。反論できない。
「焼きなさい」
私はそれに返事するように、ライターの火をつけた。
薄暗い景色の中に、ライターの炎だけが明るく光っていた。写真に火がついて、めらめらと燃え広がる。燃えた部分がボロボロと崩れ落ちていった。そのうち熱さを感じて写真を本能的に放ってしまった。
地面に落ちた写真たちは、燃え尽きて灰になっていく。完全に燃えて火が消えるまで、私は写真を眺めていた。別れを告げるようにふっと火が消えたとき、灰の上にぽたりと涙が落ちた。そこに、明るい光がさしこんでくる。
(??)
あたりを見渡しても、狐の姿はもうなく、代わりにいつもの風景が広がっていた。見たことのある景色。家の近くだった。私は元の世界に戻ってきていたのだ。少し安心して、家に帰った。
「りなお帰り。遅かったわね」
「あ…ごめんなさい」
出迎えてくれたのは、今の母親。でも、少しだけ丸くなった気がする。全く感じられなかった優しさを感じた。それが、不思議でならなかった。
なんだか恐怖に駆られて、自分の部屋に逃げ込む。部屋の壁に背中をつけてすわりこんだとき、ポケットに入っている小さなメモに気づいた。
「本当の優しさに気づけたか。これはプレゼントだ」
私はそれを見て点と点がつながったように感じた。私は、とっくにたくさんの優しさを受けていたのだ。妹の方が愛されているように見えようが、出かけたことがなかろうが、ねだっても買ってくれなかろうが、関係ない。
出迎えてくれたり、帰宅が遅れても無駄に問い詰めなかったり、挨拶を返してくれたり。そういうところに、優しさというものは現れるのだ。
私は、何もわかっていなかった。
3つのプレゼントが、私に、「本当の優しさ」を教えてくれたのだ。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。