<冨岡side>
起き上がって駆け出した炭治郎は、迫り来るう鬼の手を斬り払いながら鬼に近づく。
鬼を殺すためには、日光に当てるか日輪刀でその首を斬るしかない。
今は月が真南にある頃だから、夜明けまでにはまだ時間がかかる。
それならば、首を斬るしかこの鬼を倒す道は残されていない。
それを炭治郎もわかっているのか、ただただ己の命を守るためか、怒りからか。
鬼に近づこうとして、鬼の手に阻まれてまた遠のいて、また近づこうとする。
この鬼は手をどこまでも伸ばせるようなのが厄介だ。
俺達は近距離戦でなくては首を斬ることができないが、こういうのはそんな俺達を遠ざけられる。
ふと、炭治郎は少し動きを緩めて、すんすんと辺りの匂いを嗅いだ。
そして、ハッとした顔をして、大きくその場で跳躍した。
地面から、忍ばせていたらしい鬼の手が何本も出てきて、炭治郎に迫る。
だが、炭治郎の跳躍には届かなかったらしく、鬼は少しだけ悔しげに顔を歪めた。
それから何かを思い立ったようにニヤリとし、手を数本合体させて太くて長い手を作り出し、炭治郎に攻撃する。
炭治郎の顔より2回りほど大きくなった掌が、炭治郎の眼前に迫った。
思わず、といったように時透が声を上げる。
頭を潰されると思ったのだろう。
鬼も確実に潰せると思っていたようで、その顔に笑みが浮かんでいた。
だが、炭治郎はすんでのところでその掌に頭突きをして弾かれるように腕の上に上がる。
そしてそのまま駆けて行き、鬼の首の目の前に迫った。
鬼は一瞬焦ったような顔をしたが、すぐに勝気な笑みを浮かべ直す。
あの鬼は先程、錆兎が首を斬り損ねたところを頭を潰してやった、と話していた。
同じことをしようとしている。
だが、炭治郎は錆兎とは違う。
師匠は、炭治郎の1つ前の弟子だった錆兎を殺されて、確実にあの最後の試練の岩の大きさを大きくしただろう。
そういうところは、抜かりない方だ。
そして炭治郎がここにいるということは、それすらも斬ることができたということ。
炭治郎が全集中の呼吸をして、風が逆巻くような音が鳴る。
この呼吸音は、その使い手が何の呼吸を使うかによって変わってくる。
風の呼吸ならば荒々しい風のような音に、炎の呼吸ならば炎が風に煽られて音を立てるような音に。
水の呼吸は、静かに風を逆巻かせて、清流が下るような音を立てる。
綺麗な一撃だった。
炭治郎の日輪刀は何の抵抗もなく、鬼の首を斬り落とした。
鬼は、自分の首が落とされたことに気がついたのか、目をじわりと見開く。
そして、目だけを動かして炭治郎を捉えた。
鬼を倒すことに成功した炭治郎は、額からまだ血を流しながら日輪刀を鞘に収めた。
厄除の面は割れて少し離れたところに落ち、炭治郎の額から流れたらしい血が付着していた。
鬼の首を見るために振り返った炭治郎の顔には、鬼を憐れむような、そんな表情が浮かんでいた。
炭治郎はそのまま鬼の崩れゆく身体に近寄り、差し出されていた鬼の大きな手を両手で握る。
俺達の誰もが、予想だにしていないことだった。
今しがた自分を殺そうと襲いかかってきた鬼を憐れみ、触れるだなんて。
そのままその手を自分の額に押し当て、炭治郎は目を閉じる。
嘘偽りのない、とても澄んだ綺麗な言葉。
その言葉を聞いて、鬼の目からはポロポロと涙が零れ、落ちた。
バサリと鬼の身体も頭も崩れ、塵となって空に吸い込まれるようにして消えた。
錆兎の、歴代の師匠の弟子達の仇が、炭治郎の手によって取られた瞬間だった。
視界が白くなり、場面が変わる。
炭治郎がこの藤の花の牢獄から出るところは、どうやら見させてくれないらしかった。











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!