開かれたガラスの向こう。
一颯と彩女は、今まで一度もなかった距離で対面していた。
ほんの数十センチ。
だけど、それは今までの世界のすべての境界線だった。
「じゃあ、一緒に堕ちる?」
彩女の問いに、一颯は静かにうなずいた。
「堕ちるんじゃない。
お前を、そこから引きずり上げるんだよ」
ふ、と彩女が笑う。
その笑顔は、今まで一颯が見てきた中で、
いちばん“彼女自身”に見えた。
⸻
彩女は言った。
「この施設には“購入候補者リスト”があるの。
売られる直前に指名できる制度。
普通の生徒には一切見せないけど……アクセスできる人間は、限られてる」
「誰?」
「特別クラスの上位成績者と、運営本部の推薦者。
……そして、外部資金提供者の“推薦枠”」
(つまり、“買う側”と“売る側”が、
生徒の中に混ざってるってことか)
「今の私にはまだアクセスできない。でも──」
彩女はポケットから、小さなICカードを取り出した。
「これは、私の部屋のサブキー。
特別クラスの宿舎には、監視抜けの通信端末が一台ある。
一颯、あなたにしかできないことがある」
「行くよ。今夜、忍び込む」
「危険だよ」
「……その“危険”に、もう遅いも早いもないだろ?」
彩女が微かに目を伏せる。
「ありがとう。私のために、ここまで来てくれて」
「違うよ、彩女。
俺は“誰かを売って生きてるこの学校”が許せないだけ」
⸻
場面は変わり──夜。
特別クラスの宿舎は、鉄柵と生体認証で管理された閉鎖空間。
けれど彩女のカードキーで、一颯は侵入に成功する。
(誰かに見つかれば即退学。
でも、それでもいい。俺は──)
部屋に入り、指定された端末へ。
彩女の指示通り、裏ファイルへのアクセスを試みる。
──パスコード入力。
画面が揺れた後、現れたのは購入候補者リストのページ。
そこには、神楽彩女の名前と並んで──
「第3購入予約者:真壁 陸(まかべ りく)」
その名前が表示されていた。
「……嘘、だろ……?」
親友の名前。
自分の一番近くにいたはずの男が、“買おうとしている”。
それは、一颯のすべてを打ち砕く一撃だった。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。