第18話

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2022/04/16 07:46






南
...!そういうこと...偉いやん、やっぱり








突っ伏したまま小さく寝息を立てる彼女を起こさないように。




忍足で彼女の目の前まで行くと、彼女の組まれた腕の下にはびっしりと書き埋め尽くされたノートがあった。




その隣には英和辞典や数学の参考書、生物のプリントだったり世界史の分厚い本まである。






多分この子は、世界史なら東南アジア史が苦手。




史、というよりは地理が苦手なのかな、白地図と一緒に置かれてるし。




意外と英語は得意なんだ。まぁあんな悪態ついてたくらいやもんな




……?何この…








積み上げられた本や参考書の一番下。




眠っているその寝顔と向き合う形になっていてよく見えなかったその背表紙。




ふと視界の端に映った文字は、少し気になるものだった。




“心“から始まる何文字かの単語。




それがパッと思いつきそうにもなかった私は、忍足ならぬ忍び手でその本の塔に手をかけた。







(なまえ)
あなた
...なんでいんの
南
あ...起こしちゃった?
(なまえ)
あなた
や、別に...タイミング良かっただけ
南
ごめん、なんかここにあなたさんがいるの、珍しくて
(なまえ)
あなた
....…あんた、大丈夫?
南
え?
(なまえ)
あなた
目の下。くま凄いよ。肌もちょっと荒れてる。目の充血も凄いし
南
ちょ、近......









私の手を掴むなり目を大きく見開いて。私だと分かると隠したみたいだけど隠れてないめんどくさそうな顔で額を掻いて。




机から身を乗り出して、私の顔を凝視する彼女の目は、私を含めた図書室の全てを反射するほど潤っている。




寝起きなのに大きな目。生徒の寝顔とか寝てるところをまじまじ見てた私も相当だけど、目の前にいる教師を無遠慮に見回すこの子も相当変。




信じられないほどの距離感の無さに、呼吸が早くなっていく。




近付けば近付く程に、綺麗な顔が目に入ってきて。




無言のこの距離感は耐えきれない。なのに、すぐ数センチ先にその綺麗な顔があることは別に嫌じゃなくて。




私の手首を優しく掴んで私の動きを止めると、私の目元から鼻から口から顔全体を観察しているあなたさん。




私もちょっと気にしてたけどどうにか隠していた目元のくまや肌荒れをキッパリと言い切られて少しだけ悲しくなった。




近い、と上手く声にならない小さな音で伝えると、彼女も小さく謝って離れてくれて。




椅子に座り直したあなたさんに頑張ってと伝えて職員室に戻ろうとすると、また手首を掴まれて引き止められた。



(なまえ)
あなた
…ちょっと休んでけばいいじゃん、疲れてるなら
南
え…な、なんか変なものでも食べた?
(なまえ)
あなた
は?
南
あ、いや…でもまだ問題できてないし、戻らないと
(なまえ)
あなた
…まだ一週間ある。初めてだしクオリティ求めなくていいんじゃない
南
でも、みんなの成績に関わるから…頑張らないと。それが教師の仕事だもん
(なまえ)
あなた
.........そう
南
うん…じゃあ、戻るな?
(なまえ)
あなた
...ん。無理しないで
南
!…へへ...ありがとう。あなたさんもな?
(なまえ)
あなた
どーも





初めてあなたさんから、あんな言葉をかけられて。




疲れていた私の体はちょっとだけ元気を取り戻した気がする。




教師生活を始めて生徒から無理するななんて、初めて言われた。




しかも一番言わないと思ってたあなたさんから。あんなに優しい声色で、優しい顔で。




誰かにあんな至近距離に近寄られたのも、初めてだった。




私の人生史における歴代彼氏達も、あそこまで近寄らせたことは無かった。




なんだか夢をみた気分だった。




あなたさんを見つけたあの瞬間からさっきの優しい表情まで全て夢だったような感覚。




胸が高鳴ったあの瞬間、一瞬だけ視界は色付いたのに。それすらもまるで夢のような感覚。




図書室を出てもそんな気分は続いていた。




身体がなんとなくふわふわして、視界もちょっと夢と同じように少しノイズがかっていて。




少しずつ狭まる視界に違和感を覚えることもせず、軽くなった足で、職員室まで歩いて。




少しずつ傾く視界に違和感を気付いた時には、もう既に戻れない所まで来ていたように思う。














































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