子供たちを園へ届けた後は、あなたを会社へ送る。
いつものように、俺はあなたの会社の前に車を停めた。
「ありがと、行ってきます」
「うん、気を付けて」
「すぐそこだよ?」
笑いながら助手席でシートベルトを外すあなた。
その右腕を無理やり引き寄せて、キスをする。
「ん…ちょっと…蓮さん!」
「何?」
あなたは慌てて、周りをきょろきょろ見渡す。
お決まりのことなのに、いちいち反応するあなたが面白い。
「誰かに見られたらどうすんのっ!」
「別にいいじゃん」
「よっ…良くないよっ!
ここ会社の前!」
だから、わざとだよ。
あなたに悪い虫が付かないように。
なんて言ったら、呆れられるだろうな。
「もうっ…!行って来ます!」
「おう、行ってらっしゃい」
頬を膨らませながら車を降りるあなた。
その後姿を眺めていたら、入り口のドアの前で振り返ったあなたがはにかみながら俺に手を振る。
怒ってたんじゃないのかよ。
可愛い奴。
デレッデレになりそうな顔を引き締めて、俺は来た道を引き返す。
今日は朝から某ホテルで行われる異業種交流会に出席するため、家に社長車が迎えに来ることになっている。
こんな顔を部下や仕事相手に見せる訳にはいかない。
マンションの地下駐車場に車を停めてエントランスへ向かうと、既に社長車が待機していた。
「おはようございます、目黒社長」
「おはよう」
助手席から降りた秘書の中間が、後部座席のドアを開ける。
俺が乗り込むと、中の運転手と深澤が「おはようございます」と声を揃えた。
「あれー?社長、朝から唇がキラキラしてますよ」
「あ…?マジか」
平然とした顔で俺にティッシュを渡す深澤。
平然と口を拭う俺。
中間は深澤と俺の顔を交互に見て、解せないといった顔をした。
「あの、社長」
「ん?」
「なぜ唇がキラキラと…」
「わかんねえのか、寂しい奴め」
「はあ…すいません」
真面目な顔で謝る中間。
深澤は噴き出しそうなのを堪えながら、中間に質問する。
「中間くんは彼女いないの?」
「僕ですか?はい、今は…」
「ホントに!?社長秘書といえば女子社員の憧れの的なんじゃないの!?」
「自分で言ってんじゃねーよ、深澤」
深澤に俺が突っ込むと、中間がぐふって笑った。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。