桜の花びらが、静かに地へと降り積もっていく。
さっきまで確かに聞こえていた風の音も、蝶の羽音も、だんだんと遠のいていくようだった。
「……もう、行くの?」
カナヲの声は、震えていた。
けれどそれは、悲しみというより“別れを受け入れようとする勇気”の音だった。
しのぶは柔らかく微笑んで頷く。
「ええ。もう、あなたはひとりでも大丈夫」
「そんなことないです。わたしはまだ……」
言葉の途中で、カナヲの目に涙が溜まった。
それでも、しのぶはその涙を指でそっと拭う。
「泣いてもいいの。人は、泣くことでまた前を向けるから」
隣でカナエが微笑みながら、カナヲの髪に触れた。
その手は温かく、懐かしい。
「しのぶが言ってたわ。“カナヲはもう、強くなった”って」
「……強くなんて、なれてません」
カナヲは首を振る。
「ただ……守りたかっただけなんです。
あなたたちが残してくれた“優しさ”を」
「それで十分だよ」
カナエの声は、春風のようにやさしかった。
「優しさを受け継ぐことができる人は、ほんとうに強い人なの」
その言葉に、カナヲの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「……ありがとう、ございます」
空を見上げると、桃色と薄紫の蝶がひとひら、風に乗って舞い上がる。
その光景が、ふたりの姉そのもののように見えて──
胸の奥が、静かに熱くなった。
しのぶが一歩、後ろに下がる。
カナエもその隣で微笑む。
「カナヲ」
「はい……」
「あなたの未来は、あなたのものよ。
だからもう、私たちのことを背負わなくていい」
「……でも」
「忘れなくていいの。ただ、背負わなくていいの」
しのぶはそう言って、カナヲの胸に手を当てた。
「私たちはここにいる。ずっと、あなたの心の中に」
その瞬間、世界が光に満たされた。
桜の花びらが一斉に舞い上がり、空を覆う。
ふたりの姿が、その中でゆっくりと淡くなっていく。
「姉さん……行かないで……」
涙声に、カナエが静かに答える。
「大丈夫。私たちは、いつでも蝶になって会いに行くから」
風が吹いた。
桃色と薄紫の蝶が空へと溶け、やがて光の粒となって消えていく。
残されたのは、静けさと、頬を撫でるやさしい風だけ。
カナヲは目を閉じた。
涙が頬を伝い、手のひらに落ちる。
その温もりが、まるでふたりの姉の手のぬくもりのようで──
カナヲは微笑んだ。
「……ありがとう。わたし、ちゃんと前に進むよ」
その言葉を最後に、夢の世界がゆっくりと薄れていく。
桜の花びらが風に流され、やがて朝の光に溶けた。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。