第17話

🦋第5章 夢現 春の終わりに
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2025/10/17 22:00 更新
 桜の花びらが、静かに地へと降り積もっていく。
 さっきまで確かに聞こえていた風の音も、蝶の羽音も、だんだんと遠のいていくようだった。

 「……もう、行くの?」
 カナヲの声は、震えていた。
 けれどそれは、悲しみというより“別れを受け入れようとする勇気”の音だった。

 しのぶは柔らかく微笑んで頷く。
 「ええ。もう、あなたはひとりでも大丈夫」

 「そんなことないです。わたしはまだ……」
 言葉の途中で、カナヲの目に涙が溜まった。
 それでも、しのぶはその涙を指でそっと拭う。

 「泣いてもいいの。人は、泣くことでまた前を向けるから」

 隣でカナエが微笑みながら、カナヲの髪に触れた。
 その手は温かく、懐かしい。
 「しのぶが言ってたわ。“カナヲはもう、強くなった”って」

 「……強くなんて、なれてません」
 カナヲは首を振る。
 「ただ……守りたかっただけなんです。
  あなたたちが残してくれた“優しさ”を」

 「それで十分だよ」
 カナエの声は、春風のようにやさしかった。
 「優しさを受け継ぐことができる人は、ほんとうに強い人なの」

 その言葉に、カナヲの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
 「……ありがとう、ございます」

 空を見上げると、桃色と薄紫の蝶がひとひら、風に乗って舞い上がる。
 その光景が、ふたりの姉そのもののように見えて──
 胸の奥が、静かに熱くなった。

 しのぶが一歩、後ろに下がる。
 カナエもその隣で微笑む。

 「カナヲ」
 「はい……」
 「あなたの未来は、あなたのものよ。
  だからもう、私たちのことを背負わなくていい」

 「……でも」

 「忘れなくていいの。ただ、背負わなくていいの」
 しのぶはそう言って、カナヲの胸に手を当てた。
 「私たちはここにいる。ずっと、あなたの心の中に」

 その瞬間、世界が光に満たされた。
 桜の花びらが一斉に舞い上がり、空を覆う。
 ふたりの姿が、その中でゆっくりと淡くなっていく。

 「姉さん……行かないで……」

 涙声に、カナエが静かに答える。
 「大丈夫。私たちは、いつでも蝶になって会いに行くから」

 風が吹いた。
 桃色と薄紫の蝶が空へと溶け、やがて光の粒となって消えていく。

 残されたのは、静けさと、頬を撫でるやさしい風だけ。

 カナヲは目を閉じた。
 涙が頬を伝い、手のひらに落ちる。
 その温もりが、まるでふたりの姉の手のぬくもりのようで──
 カナヲは微笑んだ。

 「……ありがとう。わたし、ちゃんと前に進むよ」

 その言葉を最後に、夢の世界がゆっくりと薄れていく。
 桜の花びらが風に流され、やがて朝の光に溶けた。
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